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意地悪ハーブティー
「嫌いよ」
開口一番。
来店すると、彼女はいつも同じ言葉を紡ぎ出す。
「やっぱり嫌いよ、ハーブティーなんて」
「随分な言いようだなぁ」
いつも彼女は僕が好んでいるハーブティーに対し、正反対の意見を言う。
歯に衣着せぬ物言い――だけれど、それが彼女らしくて僕はつい笑ってしまう。
「僕が調合したお茶でも?」
「あっ、当たり前でしょ」
「一口だけでも飲んでみない? とても身体にも良くて美味しいんだよ」
「い、や、よ! もう、なんでそんなに私が嫌いな物を勧めるのよ!」
「えっ? だってそれは――僕はこの店『Lindenbaum』の店主だから。来てくれた人には、素敵なハーブティーを贈らないと」
種類別に分けたハーブの子瓶を掌で転がしながら微笑みかける。
「はぁ、運命の神様は意地悪なのね。初めは、素敵なお店だと思って、とってもワクワクしたのに……」
「その口振りじゃあ、今はワクワクしてないのかな?」
「ワクワクどころか、絶望よ。だって、まさか……ハーブティー専門店だとは思わなかったんだもの。私、ハーブティーだけは飲めないのに……」
彼女は小さく吐息を零す。
「青臭くて、刺激的で、香辛料みたいに色んなハーブの臭いが混ざってて気持ち悪くなるわ」
「そういう匂いがしない、甘い香りのハーブティーもあるのに駄目なのかい」
「……人工的な香りも好きじゃ無いの。だからお茶はいつも決まった銘柄しか飲まないわ」
「哀しいなぁ……。僕は、キミに僕が好きな物を好きになって欲しいだけなのに」
「なんで……?」
「だってほら、好きな物は好きな人と分かち合いたいじゃないか」
「……っ!」
僕の言葉が嬉しかったのか、彼女は一瞬だけ表情を綻ばせた。
けれど、それもすぐに陰ってしまう。
「でも……やっぱり、ハーブティーは嫌いよ」
「じゃあ、訊くけれど。嫌いな嫌いなハーブティーの専門店。陳列されてる物もハーブを扱った菓子や雑貨ばかりで、キミの大好きな甘い物は何もない。なのに――」
そこで、ワザと言葉を区切ると僕はスッと彼女の顎に指を添え僅かに上を向かせた。
柔らかいマシュマロのような唇に、僅かに隙間ができる。
そこに、隠し持っていた飴を一粒コロリと優しく押し込んだ。
「――どうして、いつも来てくれるのかな」
「……っ!」
飴を口に含んだまま、赤面する彼女が可愛いらしくて愛おしい。
だからつい、こうして〝意地悪〟をしてしまいたくなる。
「どう? これは甘くてキミ好みでしょ」
「……。こういうお菓子もあるなら、初めから出してくれればいいのに」
「それは特別な飴だから、店先には置かないようにしてるんだ」
「特別? 別に、普通の飴じゃない」
カラコロと飴を口の中で転がす様を横目に見ながら、戸棚に小瓶を置くと奥に入れておいた別の籠から一つの小袋を取り出した。
「特別だよ。あるお茶を飲んだ後に食べるとね……とても面白いことが起こるんだ」
「あるお茶? それってどんなの? 私でも……飲める?」
少しずつほぐれてきたらしい彼女の心を一押しするため、用意していた小袋を差し出した。
「なら、試しに一つだけ。これをキミにプレゼントするよ」
「なぁに、これ。――ギムネマ・シルベスタ……?」
「キミでも飲めると思うんだ。安心して飲んでごらん」
「……むぅ……。そう、なの?」
疑心に満ちた眼差しを、茶葉の小袋に向けている。
「ほら。また来てくれた時に味の感想も聞きたいからね。……あっ、そうだ。この飴も一緒にあげるよ。お茶を飲んだ後に、食べてごらん。もっと〝特別〟なことが起こるから」
そう言って、先ほど口に転がした物と同じ飴を彼女の小さな手に握らせた。
「あ……」
ボーンと優しい鐘の音が、店内に鳴り響く。
入口近くの古時計を見ると、もう閉店時間になっていた。
「もうこんな時間。残念だけど、お家に帰らなきゃ」
「それは残念。楽しいと時間はあっという間に過ぎてしまうね」
「……ん。それじゃ、またね」
短く言葉を交わし、店を後にする彼女の手の中には大切そうに『お土産』が握られていた。
「……ふふ、楽しみだな」
おおよそ反応は予想できる。
それでも、彼女がどんな〝表情〟を見せてくれるのか――。
色んな感情を、僕に見せて欲しいと思った。
泣くかもしれない。
怒るかもしれない。
もしかしたら、変だと笑ってくれるかもしれない。
一時でも、彼女の〝心〟を優しく独占できるのなら――そんな邪な感情を抱いて、ハーブティーの悪戯を仕掛けたのだ。
「キミが大好きな〝モノ〟を、僕が初めて〝壊して〟あげる」
すでに小さくなった彼女の背中に囁きかける。
届かない言葉は、ハーブの香りと混ざり合って、優しく溶けた。
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