#3  歩み寄り

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#3  歩み寄り

ベッドに寝ころんで携帯端末で書籍を見ていた。受験後に読むのを楽しみにしていた作家の新作。バックライトに照らされ浮かび上がる画面。 抑制剤の副作用なのか文字が記号のように見え、頭に入らなくて上滑りする。本当に見ているという表現がぴったりだ。 ノック音がして聖人が顔をみせた。 「今、お時間いいですか?」 昨日あれだけ俺を絶望の淵に突き落とした癖に、何事もなかったように顔を出してきた。 「昨日は脱走二回目でしたけど身体はいかがですか? 」 「別になにも。昨日引き倒された時にできた擦り傷があるくらいで」 手や足の擦り傷に触れていると、俺を見る聖人がうっすら微笑んだ気がした。 「あなたは冷静な時とヒートの時では差がありすぎる。少し話をしませんか? 」 返事もしてないのに聖人は勝手に机の椅子を動かしてベッドサイドの横に腰を下ろした。 近距離の聖人からはいい匂いがする。抑制剤の効力で安らぐ以上の変化はもたらされなかった。 「俺がどういう親戚だか知っていますか? 」 聖人の持つ背景。 きちんと話された事はないけれど、何となく知っていた。 「母さんの弟」 聖人は頷いていた。 正確には聖人は母親の異父弟だった。 祖母は番なしのΩで、惹かれるαの子を孕んでは次々産んでいた。祖母の最後の子が聖人だった。 「あなたの母、私の姉ですが、彼女の生前は、よくあなたの世話をしていたんですよ」 母親が生きていたとき、聖人と俺は会った事があるという。俺は異様に聖人になつき、離れるのを嫌がり、ずっと抱きついて離れなかったそうだ。何回も対面していたそうだが、いつも同様にべったりだったらしい。 聖人にαの判定が出たとき、大人達にはうっすらと想像されていたらしい。 俺がΩなんじゃないかと。そして聖人の番じゃないかと。 「今思うとαとΩの関係があったのかもしれませんね」 「縁を感じたので、この家にお世話になることにしたのですが、肝心のあんたはすっかり変わっていた」 多分変わったのは、母が亡くなってからだ。 今まで、何も見えなかった母の姿が、こうして話をするたびに浮かび上がってくる。 思い出した母は髪が長くて、しっとりとした感じの色気があって、姉御肌でよく笑う人だった。 よく見れば目の前にいる聖人に似ている。色の白さや髪の毛の黒さや直毛具合も一緒だ。
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