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居たたまれなくなると私はまーちゃんに会いに行く。まーちゃんは私の顔を見ると何も言わず、私が過去に好きと言った菓子とお茶を出してくれた。その菓子を口に含むと優しい甘さと香りが口内に広がり胸が温かくなる。持て余していた感情がぽろぽろと剥がれ落ちていく。
木々に囲まれた屋敷奥のまーちゃん達の居室。窓を下げると森林の持つひんやりとした空気が流れ込み、小鳥たちのさえずりが部屋にとどく。それらに触れると硬くなって尖った心が和らぐような気がする。まーちゃんのシックなリビングは私が私で居られる場所だった。
カウチに本を持ち込んで読みふける。いつの間にか横で同じように読書するまーちゃんがいて、テーブルには飲みものが用意されていた。
まーちゃんは私に優しい。至生には容赦ないのに。
でも至生はまーちゃんに辛口なことを言われて嬉しそうに見える。この関係がなんなのか私にはよくわからない。
*
弟と喧嘩をした。
感情の行き違いが現れたときに発生するそれは、時に酷い様相をみせる。
その時の喧嘩はとても酷いもので思い出したくもない。
一時的な優位のために、私を傷つけるためなら弟は何だって武器にする。
私の大切なものだって容赦なく叩き潰す。
今回はどこで仕入れてきたのか私の生まれを投下してきた。
それは私が大事にしてきた平穏をぶち壊すもので、慎重に遠ざけていたものを喉元に突きつけてきた。
弟の中に横たわる傲慢、無知、優越。
目に見えない刃は私の柔らかな部分を突き刺し、ぐりぐりとえぐる。
何重にもわたる攻撃に、私は「嘘つき」と叫びながら手元にあるものを相手に投げつけた。
本に、服に、キーホルダー、ぬいぐるみ、小さな収納ケースがあいつの足もとで跳ね、中の引き出しが膝を直撃した。
衝撃で火がついたように泣き出す弟。異様な物音にたまたま在宅だった至生や家の人たちが駆けつけてきた。
周りに寄る人たちに、弟は私から投げつけられたと泣きながら説明していた。
加害者でもあるのに被害にあったことだけを主張する。なんと力強く被害を訴えるのだろう。私は息を殺しながらそれをながめていた。
原因を聞かれたけれど、私に答えられるはずもない。答えることで地獄行きのドアを開けるのか、パンドラの箱を開けるのか、私には判断できない。
黙り込む私を至生は叱る。
年上だから我慢しなくちゃいけないって。怒りをセーブしろって。
弟は話を聞きながらうめくように細く泣き続けている。それはさらに周りの同情を引こうとしているように見えた。
弟に出来た傷は見えるけど私のえぐられた傷は見えない。
外に現れたものだけで判断するなんて違うって思った。
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