#32 揺らぎの少年 8 至生 (完)

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そんなこんなで、ここ数年。 さらに変わったところが在るとすれば、予定外のヒートで妊娠して子どもを産んでしまった。突然親になっちゃったよ。 子どもを生んだときは麻酔で痛みはなかったけど、意識もなくて前後がよくわからない。気がつくといつの間にか隣のベッドに赤く小さな物体が寝かされていて、お子さんですよと言われ戸惑った。 じっくりと見た顔は赤ん坊時代の不細工な俺の写真の姿に似てた。 赤ん坊がすべて可愛いって言った奴は誰なんだろ。写真の俺はサル顔でちっとも可愛くなかったけど。 見てると全てが小造りになった茶色の顔がふぇっと泣きだし瞬時に赤くなる。赤ちゃんと『赤』の字があてられている理由がよくわかった。 部屋に病院の人が来て授乳のやり方を教わる。起き上がると切られた腹がズキズキと痛む。それでも容赦なく赤ん坊を渡され、促されてはだけた胸にうっすい唇を近づけた。 わなわなしていた唇が乳首に触れるけど唇は簡単に外れてしまう。赤ちゃんも初めてだから、練習なのよ、と助産師さんはいう。 何回かチャレンジしてちゅくりと吸いつかせた。温くちゅるりとした触覚、くすぐったい。引っ張られている感覚があったので弱いながらも吸っているようだった。少し吸ったら離れてしまう。再度乳首に近づけても吸い付かない。赤ん坊は寝てしまったようだ。 うっすい唇に指先が触れると寝ながらでも指にも吸いつく。これが本能と聞いて、へぇと思った。   * 三智の事件の後、直ぐに聖人とやりまくった。残りのヒート期間ずっと聖人としてたからよく分からない。 人類の生殖器は乱交前提の形状になっているという記事をみた。後から挿入された性器が先に注入された精液をかき出し、後者の受精確率をあげる形状上の仕組みがあるらしい。それは膣の話だけど。 ヒート時のα精子の着床率は凄まじく男性Ω性は堕胎が難しく子どもを産むしか方法がないとされていた。少なくない数の赤ん坊たちが親の手から離れ養子にだされていると聞く。 聖人はあの日、俺の負担と責任を一緒に引き受け、担った。 土壇場なるとそいつの真の人間性が表れるというけど、聖人は本物だった。俺の人を見る目はありすぎた。 ヒートの聖人。 抑制剤なしの聖人。 普段冷静さを失わない聖人の熱くて力強い手。俺をがっちり押さえつけて離さない。 口を唇でふさがれ無言で腰を打ち付けられる。 あの時の俺の精神状態はめちゃくちゃで、記憶もうろ覚えであやふやだけど、時折下から見上げた聖人が妙にやらしかった。 俺は聖人に悪いような気がして、あの時のことは極力考えないようにしていた。 身体が自分を一つづつ裏切っていく感じ。意志とは異なる本能に流されていく絶望感。 もう三智はここに来ないし、三智の話も聞かない。誰も話さない。 三智も本能に流されただけで事故だと思うようにするけど、やっぱり近づきたくない。 後々に三智は俺のことが好きだったと言ってきた。あの当時の俺は三智に訳もわからず否定されて哀しかったし、苦しかった。 あと出しじゃんけんのように後からそんなこと言われても、あのときの苦しさが楽になるものじゃない。大事だったらそれ相応に扱えと思った。
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