1.彼女は好意に気が付かない。

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1.彼女は好意に気が付かない。

「ねえ、知ってる? 天気みくじっていうのが流行ってるんだって」 「何それ」 「聞いた話だと、そのおみくじには天気予報が書かれてて、その天気の日に指定された場所に行くと彼氏ができるんだって!」 「めっちゃいいじゃん。どこの神社?教えてよ」 キャッキャしていた二人のJKは背後に何者かの気配を感じて振り返った。 すぐ後ろに同じ制服を着た病的に青白い顔の女がいた。 赤いニットのマフラーが首でとぐろを巻き、獲物を視界に捉えた蛇の様な目はギラめき、青紫に冷えた唇を微かに震わせている。彼女が口を開くと、中から赤く細長ーい舌が現れた。 「お、教えて下さい…それはどこに行けば、 て、手に入るのですか…?」 悲鳴と共に一目散に逃げ去るJK達。 カッと目を見開いたのち、彼女はガックリと肩を落とした。 彼女の名は西園寺冬華(さいおんじふゆか)。 この通学路の先に聳える私立青蘭学園に通う高校二年生。お金持ちで家はかなり裕福らしいお嬢様であるが、偏差値が高い訳でもなく裕福な子女が通う訳でもない、ごく普通の私立高校に何故彼女が通っているのか、その理由を知る者はいない。 「何やってんだお前」 その一部始終を見ていたのは同じクラスの男子、 里中暖(さとなかだん)。彼は冬華の顔を下から覗き込む。 彼は冬華とは一年の頃から一緒のクラスで、赤にも近いようなクルクルとした天然癖毛が個性的で中世的な魅力を持つ明るい男子だ。超が付くほどのおバカではあるが、面接だけで通る特待入試で顔面と愛想の良さだけで先生達を魅力し、合格した強者だ。 彼は下に双子の妹が二人いる。彼はそれも手伝って庶民的感覚の乏しい冬華の危なげな日常を影から支えている。 冬華は両手で顔を覆うと、おいおいと肩を震わせて泣き出した。肩まで届く艶やかな黒髪がそれに合わせて蛇の尾のようにくねくねと揺れる。 「また逃げられた。総てはこの舌のせいよ…」 冬華の舌は人より少し長い。 だからと言って味覚的な異常はないし、 日常生活に困る程の支障はなかった。 暖はため息を吐くと、冬華の頭に手を乗せて ポンポンと撫でた。 「俺は冬華の舌、好きだぞ?」 背丈の低い冬華は顔を上げ、自分より身長の高い暖をじっと見上げる。泣き濡れた眸がウサギの目のように赤らみ何とも愛らしい。 「早く人生の伴侶を見つけないと、父の決めた相手と卒業後はお見合い結婚しなきゃならなくなるの。だから今から本気で婚活しないといけないのにっ。私もう、二年だよ?卒業までにどうしても彼氏が欲しいの!」 「…理由が重いな」 「ぐすん」 「落ち着け。俺が何とかしてやるから、な?」 冬華は嬉しそうに顔を上げ、暖の首根っこに抱きついた。これもいつもの日常だ。 「ありがとう暖君!また後で話そうねっ!」 そして前で彼女を待っていた友達の方へと、タタタっと行ってしまった。そんな彼女を暖は切なげに見送りながらため息を吐いた。 「お前さ、完全にあの子の執事か。 無給で見返りがないってのが、不憫過ぎ」 傍らで見ていた親友、智也が彼の肩に手を乗せた。 その途端、暖は哀しそうに顔を歪めて、さっきよりも深いため息を吐く。これもまた日常で。 「あー、もう。どうしたら良い?どうしたらあいつにこの燃えたぎる想いを気が付いてもらえる?」 「あ。良い事思いついた。 さっきの話を巧く利用するとかは?」 「は?」 「さっきの女子達の会話だよ、天気みくじって話。 俺、心当たりあんだよね」 顔を上げた暖に智也はニヤリと笑って言った。 「実はさ、俺に彼女出来たのって、 彼女が引いたそのおみくじのおかげな訳」 「ま、待て。そんな話してたか?」 焦る暖に呆れる智也。 「本当に冬華ちゃん本体にしか興味ねえんだな。教えたかなかったけど、お前になら教えてやってもいい」 智也は暖にドヤ顔で言う。 「天気みくじっていうのがこの学園の近くにある神社で流行ってるんだ。そのおみくじには大吉とか凶とかじゃなくて天気予報が書かれていて、そのお天気の日に指定された場所に行くと、彼氏、または彼女が出来る」 「何だ、そのチャラけたおみくじ」 「信じるか、信じないかは本人次第さ」 その時、始業五分前のチャイムが鳴り響く。 「おっと、詳しくは昼休みに」 慌てて走り出す智也を暖も追いかけた。 「よくわからねえけど、ワクワクして来たぞ!」 「冬華ちゃんの彼氏に成り済ませる、いいチャンスになるかもな?」 昇降口に駆け駆けこんで来た俺達に下駄箱の女子達が視線を向けて来るから、ニッコリとイケメンスマイルを贈ってあげた。 女子達は目をハートにして喜んでるけど、 俺がハートにしたいのは、この世でただ一人だけだ。 俺は昼休みが待ち遠しくて、視界に入って仕方ない冬華の姿にニヤニヤとしちゃうばかりで、授業が全く手につかず、先生達から何度か頭に肘鉄を喰らわせられたのは言うまでもなかった…。
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