2.彼は気になってしょうがない。

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2.彼は気になってしょうがない。

そういう訳で俺は、昼休みに智也からその冬華が知りたがっている「天気みくじ」なるものの事を聞き、それを今朝話していた女子達にもそれとなく聞いて、徹底的に学習した。 次の日曜日の朝。とっておきの情報を掴んだと、冬華を誘い出し、その「天気みくじ」なるものがある神社へと連れ出した。そのみくじのある神社・天津(あまつ)神社は学園から歩いてほど近い住宅街を見渡せる丘の上にあった。 放課後に二人きりで出かけるのは初めてだ。 帰りは互いの友達がいて、別々だったし、学校以外で約束などしたことはない。十二月初めの冬晴れの乾いた空気の中を遥か遠くに雪化粧をした富士山に見守られながら坂道を上がっていくのはとても清々しいものだった。 今日はお互い制服ではない。 冬華はホワイトニットのワンピースに薄桃色のコートを来て、どことなくめかしこんで来てくれた気がして、チラッと見るたびに眩しさを感じて、これが初デートであったらと妄想してしまい、一人含み笑いが漏れそうになる。 十二月初めの神社の境内は人気が無かった。 静謐な雰囲気を醸し出す朱色の鳥居をくぐり、境内に入ると、常緑樹には赤い椿の花が咲いていた。その傍には引いたおみくじをつける棚がたくさん並んでいて、どれもずっしりと重みを保っておみくじをぶら下げている。 (けっこう来るんだな) 目をやると、鳩達が鳶色の社殿を前に木の実をつつき合っている。今は人がいないけれど、大晦日にでもなれば、向こうに見える鐘楼を突きに初詣客が訪れ、賑わうのだろうと想像できた。ふと、一緒に鐘楼の鐘を突く俺と冬華を想像して、またにやけた。 あれ? 隣にいるはずの冬華がいなくなっている。 見渡すと、冬華はすでにおみくじの売っている社務所へと一目散に駆けていた。 あんなにはしゃいで、あっ、転んだ。 慌てて駆け寄ると、俺は冬華に手を伸ばした。 ありがと、と毛筆の墨汁で書いたような太めの眉毛をヘの字に曲げて彼女は言った。……ああ、めっちゃ可愛い。 デレ顔になりそうになるが、まだ彼氏にもなっていない身で今からそんな贅沢なそぶりを見せてはいけない。事は慎重に行かねばだ。 彼女が立ち上がったのを確認した俺はくるっと後ろを向くと、自分を戒める為、自分の頬をペしぺし叩く。 「どうしたの、暖君?」 「…何でもない、行こうか」 入学当初、同じクラスになった高一にしては大人っぽい顔立ちの美女が冬華だった。誰かが話しかけても困ったように微笑むだけで話さない美女は皆の注目の的で、俺も例外ではなく彼女が気になっていた。 そんなある日、俺は偶然、あまりに暑くて立ち寄った学校帰りの甘味処で、冬華がソフトクリームを舐めながら帰って行くのを見かけた。その横顔に彼女の舌が人よりも長いという秘密を知ってしまったのだった。俺の視線に気が付いた彼女は誰にも言わないで、と顔を赤らめた。その表情に初めて可愛いと思った。 冬華は人よりも長い舌先を恥ずかしく思い、隠していたのだった。それ故、クラスメイトと話すことに苦手意識があったみたいで。しかし、俺にはそんな事は問題ないように見えたから、理由がわかってからはなるべく彼女に話しかけるようにした。もちろん、その時はすでに好きになっていたからって事もある。 いつの間にか、蛇のように長い(それ)を、クラスの女子達も可愛いと思ってくれたらしく、今ではマスコット的な感じで素直で愛らしい性格の冬華は男女問わず愛されていた。 冬華は俺が話しかけてくれたからクラスに馴染めたと思っているようで、事あることに俺を”恩人”だと思っていると、この前、冬華と親しい女子グループの一人に聞いた。俺にとってはこそばゆくも嬉しい知らせだった。 ああ、そんな俺と冬華の馴れ初めの話をしているうちに、あいつ、もうおみくじの箱の中に手を突っ込んでいるな。 よし、何が来ても怖くない。 あの「天気みくじ」なるものがどんな結果だろうと、俺はその中身を見る為に今日、ここに来た。 そして、その中身を逐一確認し、必要とあればその運命のヤツとの出逢いを妨害する。それが俺と智也で立てた計画だ。 例え、汚いやり方だと言われようが構わない。 冬華が俺以外の男と付き合うのを紙きれ一枚に決められてたまるか。 俺は、精一杯の気持ちを込めて、まずは神殿の神に参拝した。 手を合わせて、気持ちを込める。 神様、お願い。 どうかーーー どうかーーー おみくじがどんな結果であっても、 俺こそが冬華の彼氏になれますように! 手を合わせて祈った俺は、先にお参りを済ませて、天気みくじを引いて、その結果を今、食い入るように見ている冬華に聞いた。 「ーーーどうだった?」
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