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生きた証
「生きた証が欲しいんだよね」
暖かくなり始めた3月の休日の昼下がり。マクドナルドのテーブル席で、学生時代に大学が一緒だった親友の東早苗が唐突に話し始めた。
私、矢田貝千枝は、飲んでいたストロベリーシェイクを吹き出しそうになり、慌てて飲み込んだ。
「いきなり何? どうしたの?」漏れかけた口元のシェイクを手で拭いながら、早苗に聞いた。
さっきまではお互いの会社の不満を話していた筈だ。彼女の上司がパワハラをしてくるからどうしようという内容だった。それがどうして「生きる証が欲しい」に繋がるのだろう。
「なんか、こうやって日常に埋もれて。会社にこき使われて、心をすり減らしていって、それで何が残るんだろうって思っちゃってさ」
早苗は右手で頬杖を突き、尖った顎を支えて宙を見ている。セミロングの髪が、中性的な顔立ちの頬を覆い隠していた。左手はホットコーヒーのカップを指先でいじっている。
ああ、これはまた始まった。
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