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ライブ(白井×春+桜庭&古賀) 音楽話メイン
休日、俺は春が大学の友達とやっているバンドの演奏を聴きに来ていた。
彼がバンドをやっている事は知っていたが、演奏を聴いたことはなかった。どんな曲をやるのか純粋に楽しみだ。
ライブハウスに入ると、学生らしき集団がたむろしていた。皆出演者だろうか。久々の空気感に少し懐かしい気持ちになるが、社会らしい人が誰もおらず、浮いていないか少し不安になる。
「あ、雅樹さん!」
春は俺を見つけ、メンバーと駆け寄る。人見知りが激しい俺は、短く会釈をした。
「白井さん、来てくださったんですね!ありがとうございます!」
桜庭さんは、前回会った時と同様、礼儀正しく挨拶した。彼は相変わらず落ち着き払っていて、とても大学1年生には見えない。
「ども、古賀直弥でっす!春とはいつも仲良くさせてもらってます〜」
小柄な青年は、春の背中からひょっこりと現れ、フランクな挨拶をした。そして、春の腕にしがみつき、「ねーそうだよねー!」とくっつく。
それを見た桜庭さんは、何かを察したように「こら直弥!」と青年を引き剥がした。
「んだよ〜、いつもやってんじゃ〜ん」
彼は不服そうに春から離れる。桜庭さんは「すみません」と申し訳なさそうにしている。その様子はまるで保護者だ。
俺は「いえ」と軽く流すが、内心いらついていた。…春にベタベタしすぎだ。友達とはいえ、距離が近すぎる。彼が女みたいな顔をしていて、春にお似合いに見えてしまったからこそ、余計に腹が立つ。
「クソ運営が俺ら一番最初に回しやがったんで、そろそろ準備してきますわー」
「こら、せっかく出させてもらってるんだから文句言わない」
桜庭さんは嫌味っぽく言う古賀さんを宥め、俺に会釈をした。いつもこんな感じなのだろうか。まとめ役がベースの桜庭さん、お調子者キャラがギターの古賀さんといったところか。そして、ドラムの春は俺に対する時と変わらず物腰柔らかに接している。
バンドの出順…俺もかつては気にしたっけ…サークル内のイベントや外部のブッキングライブに呼ばれて出演していたが、出順はほとんどトップバッターに回され、客がまばらなまま演奏が始まるというのが何回も続いた。
俺は「頑張ってください」と言い、後ろの方に移動した。
しばらくして、ド派手なBGMと白い煙と共に、3人はステージに現れた。
歪んだベースの音で曲が始まった瞬間、近くにいた学生が「ヒュー!」と合いの手を入れた。
このバンドはベースボーカルのようだ。桜庭さんは地声と変わらない声で叫ぶように歌う。緩くパーマのかかったセミロングの髪をふわふわと揺らし、黄色いリッケンバッカーのベースを弾く姿は様になっている。長袖のシャツをジーパンの中に入れている少しダサい服装や彼の特有の雰囲気のせいか、90年代にタイムスリップしたような感覚に陥る。特別上手なわけではないが、何だか心に響くものがあった。
複雑なリズムを軽々と刻むドラムの春はもちろんだが、古賀さんギターがとにかく上手すぎる。スリーピースバンドとは思えない音圧と、キレの良いカッティングに圧倒された。
彼らの曲は途中からテンポが変わったり、よくわからないコードになったり、音楽理論に囚われない曲調だ。さっきまでわざとらしい合いの手を入れていた学生たちは、その独創的な世界観についていけなかったのか、いつのまにか大人しくなっていた。
演奏が終わり、再びギャラリーは「ヒュー!」と沸いた。
それから、コピーバンドが流行りの曲を演奏し、さっきよりも観客が増えて会場は熱気に包まれた。昔からこういった学生特有の乗りが得意ではない俺は、その様子をぼーっと眺めていた。
「苦手なんですよね〜、こういう雰囲気…ノるポイントとか知らねーよって感じですよね」
気づいたら、演奏を終えた桜庭さんが隣にいた。彼は遠慮がちに「お疲れ様です」と会釈をした。
「…このライブ、サークル主催で俺たちは部外者なんですけど、キャンセルが出たんで、メンバーの知り合い伝で誘ってもらったんです。でもまぁ、やっぱアウェイですよね。オリジナルやってるのも俺たちだけだったし」
彼は右手を上げて跳ねる集団を遠い目で眺めながらぼやく。
「でも…コピバンなんて所詮焼き増しだし、どんなに頑張っても本家には勝てないじゃないですか…作りたい世界観を形にして堂々と表現した方がかっこいいですよ。あ、すみません…」
桜庭さんの状況が学生時代の自分と似ていて、つい重ねてしまった。無意識に出してしまった俺の本音に彼は「確かに」と笑っていた。
バンドっていいな…気の合う仲間とやりたい音楽を演奏するって幸せな事なんだなと改めて気づかされる。
そして、全ての演奏が終わった後もしばらく学生たちの談笑は続いていた。ゲラゲラと笑う陽キャラ集団はもはや猿だ。その輪の中に馴染んでいる春が遠くの星にいるみたいに遠い。猿の惑星?猿の学生だっけ…昔好きだったバンドにそんな曲があったような気がする。
「雅樹さん、僕も帰ります」
春は帰ろうとする俺に気づき、猿の輪から上手に抜けた。 そして、桜庭さんと古賀さんに挨拶してライブハウスを後にした。
電車を降り、夜の住宅街を並んで歩く。
「打ち上げ、出なくて良かったの?」
「知らない人ばっかりなので…2人もあの後帰るみたいだし」
陽キャラの輪の中で普通に会話していた春がそんな事を言うとは意外だ。でも、彼と久々に2人きりになったような気がして、温もりが恋しくなる。
誰もいないのをいい事に、俺は春の手を握り、腕にしがみつく。
「雅樹さんっ、急に何ですか?」
さっき古賀さんにされていた時は普通にしていたのに、春は少し恥ずかしそうに俺の身体を剥がそうとする。
「いいじゃん、古賀さんだってやってたじゃん」
「もー、嫉妬ですか?」
「そだよ、悪い?」
大学1年を本気で嫉妬する29歳をは流石に痛いと分かっているが、春は構わずいつもの調子で笑うだけだ。
俺は春と手を繋いだまま、街を歩いた。
「…スーパー寄って帰りましょう。なに食べたいですか?」
俺はいつものように「何でもいい」と答えてしまった。春は「ですよね〜」と笑う。
「寒いですし、鍋がいいかもですね!」
春の提案に俺は「そだねー」と返事をした。
俺たちは、手を繋いで夜の商店街遠目指した。
何気ない日常の中で、こうやって彼に触れられる事が俺の幸せだ。
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