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その頃、橋本賢治は暗い顔で帰途についていた。
今日はたまたま、取引先の担当者と会った。それ自体は珍しいことではないが、相手が問題だった。
「誰かと思えば、橋本じゃん。オレ、覚えてる?同中だった扇田。お前、全然変わってねーな」
同行した営業担当が席を外すと、相手は、途端に態度を変えた。中学時代に散々自分をいじめた扇田卓也だったのだ。
「お、お久しぶりです。扇田さん……」
「お前がエンジニアね~まぁいいや。しっかりやってくれよ。ろくでもないもん納品したら、タダじゃおかねえからな。それとさあ……今度、同窓会あるじゃん。お前も来いよ。いつも欠席で、つまんねえから」
顔を近付けて凄まれ、賢治はただ首を縦に振るしか無かった。
「じゃあ、よろしくお願いします。御社には期待してますんで」
営業担当が戻ってくると、扇田はにこやかな営業スマイルを見せた。別人でなければ、二重人格か乗り移りかと疑うレベルだ。
賢治は、自分の仕事に誇りを持っている。だから、相手に恨みや因縁があろうとも、手を抜く気はないし、むしろクオリティの高い仕事を納めれば、見返すことが出来るのではないかと思う。
しかし、仕事に取り掛かろうとすると、中学時代の嫌な記憶が呼び覚まされ、手が動かなかった。
「はぁ……まさかこんなところで再会するとは。地元を出たのに」
溜め息と共に独り言が漏れる。
中学でいじめに遭った賢治は、全寮制の私立高校に進学した。不登校児などを積極的に受け入れる高校で、生徒へのケアが手厚かった。幸い、教師や職員、友人に恵まれ、高校卒業後は技術系の専門学校に進学し、地元を離れたまま、京都の会社に就職したのだ。
職場では信頼を得て、今は係長になった。こんなことで今まで積み上げた信頼を失うわけにはいかない。
明日こそは、扇田の会社に納品する製品に取り掛かろうと、決意を新たにする。
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