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『ごめん、香帆。他に好きな人ができたんだ』
彼はそう言ったが、嘘であることは明白だった。
学生時代に知り合った彼とは、周囲が羨む程の仲の良さだった。しかし、香帆のことを両親に紹介してから、あからさまに彼の態度が変わった。
招待された彼の実家は、都内でも一等地に建つ豪邸だった。彼の父は、上場企業の役員で、母は有名政治家の娘。兄はその政治家の秘書で、兄の妻は、父の会社の取引先の社長令嬢だという。
『あら、それじゃあ今はお一人なの。ご苦労されたのね』
家族のことを聞かれた香帆が、手短に身の上話をすると、彼の母は当初、労るような口調でそういった。
『祖父の店のお客さん達が、いろいろ助けてくださったので』
『きっと、お祖父様やお祖母様、それに香帆さんの人徳ねえ』
そう言って、笑顔さえ浮かべていた。
『お母様のお身内は、どうされてるの』
次にそう聞かれて、香帆は言葉に詰まった。
『わからないんです。母はその……一族の反対を押し切って父と一緒になったそうで』
『あら……それは、ロマンチックなお話ね』
彼の母は、一瞬表情を強張らせ、再び笑顔を見せた。その場は、それで終わった。
終わったと、思っていた。
しかしその後、毎日あった彼からの連絡が途絶えた。
何度か、香帆から連絡してみたが、電話には出ず、仕事が忙しいとメッセージが届いた。
2週間程経って、ようやく会いたいと彼から連絡があった。そうして会ってみれば、別れて欲しいと告げられたのだ。
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