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「天津甕星?珍しいな、星村がそんなこと聞くなんて」
境内の清掃をしていた若い神主、武藤大和は、香帆の質問に目を見開いた。それもそうだろう。
大和は、祖父母に引き取られた香帆が転校した小学校の同級生で、高校まで一緒だった。成績は同じくらいだったが、天羽神社の跡取りである大和は、神職の資格が取れる都内の大学に進んだのだ。
小学生の頃から、現代語訳とはいえ『古事記』や『日本書紀』を読んでいた大和に対し、香帆は祖父母の喫茶店を手伝い、神話に興味を持ったことは一度も無かった。
「ちょっとね……母を知る人に会って、その故郷の風習とか何とかで出てきて……」
香帆は、慎重に言葉を選ぶ。さすがに、本人(を名乗る人物)に会ったと言うわけにもいかず、嘘にはならない程度に、曖昧な説明をする。
「そうか……お袋さんの。何か事情がありそうだな。まあ、いいや。まず、日本の神について書かれた本は、二つある。『古事記』と『日本書紀』だ。これは知ってるな」
香帆の母が、故郷を捨て、駆け落ちで父と一緒になったことは、この商店街の誰もが知っている。知っていて、今も皆、香帆を気遣ってくれている。
それは、同級生の武藤も同じであった。
「ええ、まあ。名前を聞いた記憶は……」
「大抵の神様は、その両方に名前が出てくるんだが、天津甕星は『古事記』には登場しない。『日本書紀』にだけ登場する悪神だ」
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