大人

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大人

1人の少年が、両親に宣言した。 「パパ、ママ、僕は今日から大人になる。自分の力で生きていくんだ。」 彼にしてみれば、その年代特有の大人への憧れであったりとか、なにかとお説教されるのが嫌だったりとかそんなものであって、決して何か大きな大志を抱いているとかそれ以上の理由があるとかでは無かった。 誰しも一度はそんな時期があるのだろう。そんな時親は笑って流すか、何を生意気なと叱りとばすか、まじめに諭すか色々な方向に別れるだろう。彼の両親はというと、そのどれでもなかった。 彼の宣言が終わるや否や役所へ行き、大人になるための手続きを済ませた。本人がそうしたいと言うならばそうするべきなんだろう。昔と違い、今は寛容な時代なのだ。独り立ちを望む少年を、どうして止める必要がある。そしてアパートを借り、少年をそこへ住まわせた。愛する我が子への最後の仕事として、3ヶ月分の家賃は払ってやった。 「あいつも立派になったんだな。」 そんなことを言いながら、思い出を話しながら帰っていった。 残された少年。いや、もう少年と呼ぶべきではないのかもしれない。しばし呆然としていたが、だんだんと実感が湧いてきた。 自由だ。僕はもう自由なんだ。これからは誰にも邪魔されず、自分自身で行きていくんだ。目には輝かしい生活が映っている。数知れず思い浮かぶビジョンに思わずニタついてしまう。 やがて気持ちが落ち着いてくると、現実的な面も考え始めることができた。生活をするということは、お金を使うということ。お金を使うためには、仕事をしなくてはいけないということ。そのため、少年は仕事を探し始めた。 しかし、ここで1つ問題が生じた。世の中に数多くの仕事があるのは知っていたが、実際にどんなことをしているのか、その仕事に就くために何をしなければいけないのか、彼は何も知らなかった。無理もない。大人になったからとはいえ、彼はまだ年端もいかぬ子供なのだから。 いきなり店に行き門前払いを喰らった後、彼はその事実を知り、正しい手順を行えば仕事につけるのだと分かった。それならもう大丈夫だと安心したが、世間はそう甘くはなかった。 1つは年齢を理由に断られ、1つは身体的な幼さから断られ、ようやく採用してもらえたと思えば精神的な未熟さゆえ首にされた。店を責めるわけにもいかない。彼は少年とはいえ、もう大人なのだから。少年はその度に落胆し、アパートで1人涙した。 また、彼はやがて気付くだろう。大人になったため、当然税金を払わなくてはならず、その準備は着々と進められ、彼の元に届こうとしていることを。それを無視すれば当然、然るべき処罰が待っている。今まで子供だからと許されていたことも、そうで無くなる。夢から覚め、現実の厳しさを更に味わうことになるだろうが、仕方ない。彼は少年だが、もう大人になってしまっている。 子供が子供であることには、それなりの理由があるのだ。
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