日記

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日記

ある日のこと、ボブは日記をつけることに決めた。深い理由があるわけではないが、あえていうならば最近少し物忘れが多くなってきたといったところか。ある程度年齢を重ねてしまっているのならばそれも仕方ないだろうが、まだボブは若者であり、本来物忘れなどとは対極にいるべき存在なのだ。 仕事帰りに新しい日記帳とペンを買い、家に着くなり早速今日のことを書こうと机にむかった。 「さて、何を書こうか。」 今日はいつも通りの仕事をした。それ以外はペンと日記帳を買ったのみ。輝かしい最初のページに日記帳を買ったと書くのもいかがなものか。小学生じゃあるまいし。 しばらくブツブツと呟きながら考えていたが、これといって何も浮かばなかったため、結局日記帳を買ったことを書くことにした。始めたてなんだから仕方ないだろう。そう1人の部屋で言い訳をする。 次の日。変わらぬ1日を過ごしたボブは、いつも通り仕事をしたと日記に書いた。ただ、その後ろにはほんの少しだけ内容を加えていた。学生時代の友人と会い、盛り上がったため一杯ひっかけた。そんな内容だった。もちろんそんなことは1つも無かったし、ボブ自身は完全な下戸である。だがそれがなんだというのだ。毎日毎日つまらない日々を送っているのだから、せめて日記の中ぐらい楽しくてもいいではないか。誰が文句を言ったわけでもないが、ボブはそう自分を納得させた。 次の日も、また次の日もボブは日記を書いた。ある時は大金の入った財布を拾い、またある時は美女と親密な関係になり、逃走犯を取り押さえたことは一度や二度ではない。株で一山当てたこともあったし、車に轢かれそうな子供を身を呈して助けたこともあった。会社をサボって旅行に行くことなんて日常茶飯事だったし、ちょっとした犯罪じみたことも行なっていた。日記の前にいるボブは相変わらずの生活であったが、以前ほど不満が溜まるようなことはなくなっていた。いいとも悪いとも言いにくいことだろうが。 そんなボブにも、やがては彼女ができた。職場で知り合った女性であり、それなりに気が合ったため交際へと発展した形だ。やや口の軽いところはあったが、そんなものは恋の盲目さの前では意味を成さなかった。そのため、2人の関係は順調に発展していった。 そんなある日、彼女がボブの部屋を掃除していると、一冊の冊子を見つけた。彼が毎日書いているあの日記帳。好奇心から中を覗いてみると、思わず腰を抜かしそうになった。自分とのデートの後にほかの女と会っていた、犯罪じみたことを誇らしげに行っていたなど、信じられないようなことが書き連ねられている。真面目だと思っていた彼がこんなことをしているなんて。 「ねえ、これどういうこと。」 家に帰ってから、ボブは追及を受けていた。 「いや、これはその。」 説明しようかとも思ったが、信じてくれはしないだろう。そう思い言い淀んでいると、彼女は呆れたような怒ったような顔をして出ていってしまった。 1人部屋に残されたボブ。無気力な気持ちに襲われ、しばらく動けなかった。せっかくできた恋人をこんなことで失ってしまうとは。 そんな彼の元に、一通のメールが来た。それは同僚からの金の無心だった。 「どうしていきなり。」 訳がわからない。その文面を見つめていると、もう一通送られてきた。それは上司からだった。 「先月会社を休んだ件について、説明をしてほしい。」 徐々に事情がつかめてきた。あの日記だ。あの日記のことを彼女が同僚たちに話したのだ。大金を持っていることも、旅行に行くため、熱が出たと会社を休んだことも、それ以上のことも。 それを理解したボブ。その手からは力が抜けていき、携帯電話を落としてしまった。落ちてからも、その携帯へのメールが止むことはなかった。
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