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鏡を見るな
※
「はあ、はあ。こーれは、また、随分なことになってるねえ。ねえ、鏡君」
「はい、これは本当に随分なことだと思います、千葉さん」
1DKでこぢんまりと纏まったその部屋には大勢が集まりそれぞれの仕事をこなしていた。忙しなく動く彼等の中央で、堂々となにもしていないその二人は一人が長身で、一人が小柄であった。
長身の一人は黒いスーツに黒い薄手のロングコートを羽織り、小柄な一人はチャコールグレーのスーツに身を包んでいる。部屋の中を忙しなく動く他の人間は誰もが紺色の作業着に身を包んでおり、見た目が身分の格差を表しているかのようだった。
長身の一人が仰々しく唸ると、小柄なもう一人がわざとらしく腕を組む。二人揃うとそれも倍増に、胡散臭い。
「ねえ鏡君。こんなにも随分なことだと、専門家の意見が必要になってくると思うんだよねえ」
「はい、勿論そう思います。今すぐ専門家の方に連絡をしましょう、絶対に必要です、千葉さん」
「だよねえ、そうだよねえ。仕事だもん仕方ないよねえ。僕たち困ってるわけだし、当然だよねえ」
「勿論当然です。口実であっても事実困っているのでどちらの感情が優位であっても仕方のないことです」
わざとそうしているのかもしれない程に下手な芝居を終えると、長身の一人がスマートフォンを取り出し、「専門家」へと連絡を試みた。電話口では辟易とした低い、平坦な声が迎えたが、長身の彼も小柄な彼も、声を聞くなり隠しもしないガッツポーズを決め込んだ。
彼らの足元には一人の男が、血を流して倒れている。
部屋は荒れ放題で、掃除すらされていなかったのかもしれない。そう、見える。
だが、この有様を見て、誰がこの部屋が暫くの間無人であったことを信じるであろうか。この部屋の主が行方不明になってからこの部屋が無人であり、その無人の部屋に急に現れた男の遺体がこの部屋の主であり、ありもしなかった「生活感」が急に現れたことも、誰が信じられたであろう。
そして、誰も入れるはずのなかったこの部屋に急に現れたこの男の臓器が、全て、反対になっていたことも。
※
インターネット上に密やかに存在するそれは「灰色のページ」と呼ばれていた。
特殊な状況、問題に困った人間が検索を繰り返すとある時たった一ページだけがヒットする。
「灰色の問題でお困りですか?」そのページをクリックすると進むのは真っ白なページに一言。
「誰にも理解されない問題でお困りでしたらその内容をご記入し、送信ください。当方の範疇に当てはまるものである場合、あなたをお助け致します」
そうして状況を送信すると返信が返ってくる。そうして、理解不能な出来事を解決してくれる者が現れると。
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