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※  千葉(ちば)(かがみ)の襲来の日から六日経った夕方に連絡が入り、翌日の午前中に現場を案内してもらえる運びとなった。  今回は混乱が多すぎたのか、流石に早くの対応とはならなかったようだった。これでも最速の時間を見繕ったのだと、千葉(ちば)は疲れたように力説していた。事件に首を突っ込んだお陰であの千葉(ちば)(かがみ)の両者もそれなりに関わり、珍しく仕事をしていたらしい。それがどれだけ久し振りの仕事だったのかは知らないが、想像がつくので権力とは凄いものだとヒムラは改めて実感をした。  わざわざ車で迎えにまで来た千葉(ちば)(かがみ)に連れられ、一行は学生が多く住むアパートの多い住宅地へと訪れた。一軒家よりも小さなアパートばかりが多いこの辺りは時間帯によって人通りが途絶える。特に午前中は一層静かで、関係者以外が現場付近を歩いた所で見かける人影もない。  道中、車内で聞いた事件の内容は把握するのになかなかの集中力を要した。頭が沸騰しそうになるのを堪えて、ヒムラには正直受け止めるので精一杯なところがあった。  部屋の住人であり遺体で発見されたのは俵武尊(おもてたける)、二十二歳の大学生だった。  相次ぐ警察への悪戯通報の一つで伝えられた住所がこの部屋で、彼の遺体を発見するに至った。  駆けつけた警察官は悪戯通報を元にたどり着いたのだが、蓋を開けると俵武尊(おもてたける)は通報の九日前に行方不明となっており、別事件として捜査が開始された直後であった。 「彼が行方不明だってわかったのは悪戯通報から一週間前。でもそれは大学に二日間出席してなかったのを大学側がご両親に電話をしたからわかったことで、本当はその二日前の九日前からいなくなってたわけだね。で、なのに悪戯通報でここに来た時、彼はここで死んでたわけで」  悪戯通報と行方不明事件、この二つが合流し、情報を照らし合わせると次のようになった。  十日前、俵武尊(おもてたける)は友人十数名と明け方近くまでの飲み会を行っていた。場所は居酒屋から始まりカラオケに流れ、友人達にはいつものことで、俵武尊(おもてたける)は酷く泥酔していた。彼が飲み過ぎて大学を休むことも珍しくはなかった為、一日目は誰もおかしく思うこともなかった。  けれど二日目になれば大学側は反応せざるを得ない。前途の通り、俵武尊(おもてたける)はあまり素行の良い生徒とは言い難かった。夜遊びが派手で、飲み過ぎて授業に出ていないことも、店で問題を起こすことも多かった。今回もその一片であろうと踏んではいたが、だからこそ確認の為にも大学は実家の両親へと連絡を試みた。けれど実家にも俵武尊(おもてたける)の姿はなく、両親も彼が無断で大学を休んでいることを知らなかった。  何度も悪さを繰り返す息子に怒り心頭の両親はすぐに俵武尊(おもてたける)の自宅へと向かったが、そこに俵武尊(おもてたける)の姿はなく、あまつさえ洗面所の鏡まで割れていた。  部屋の中はどこかに出かけてでもいるのか知らないが、財布もスマートフォンも放置されたままだった為、両親はすぐに戻るものと判断。酔って人に迷惑をかける上、自宅でも暴れる程となるともう許してやれる気も起きず、両親はその場でガス、電気、水道を止め、同時に管理人への謝罪と割れた鏡の弁償にも追われた。  ここまでが遺体発見の悪戯通報から一週間前までのことである。 「まあ、本当に素行はよくなかったみたいだね。聞いて来た同僚は大学の友人達からもご両親、管理人からも良い話は聞かなかったって言うんだ。これまで迷惑をかけた店のことも調べると、もう飲んで大騒ぎ、暴れる、壊す、典型的だね。こんな彼なもんだから、ご両親もすぐには警察に届けを出さなかったんだ」 「ご両親が警察にもしかしたらおかしいのかもしれない、と相談したのが、彼の遺体を発見するたった二日前のことでした」  まさに身から出た錆となった。俵武尊(おもてたける)はその姿を消しても、両親にさえ疑われる程自分勝手に生きた。してきたことを顧みれば仕方のないことではあるが、詳しくは知らないヒムラには、少しだけ寂しく思えてしまった。彼には様子を見に来てくれる「友人」も、いなかったのだろうか。  息子がいなくなって七日経って、一報もなく、大学にも顔を出さず、どこかで悪さをしている話も聞かない。ここまで来て初めて、両親は事件性を疑って警察に事を相談した。  警察はすぐに彼の自宅周辺、大学等への聞き込みも始めたが、警察の目を持ってしてもその姿は確認されず、そうして行方不明事件として捜査が始まり、二日後、事件は急展開した。  この所相次ぐ警察への悪戯通報の一つが言う住所に急行すると、その部屋の中で男が死亡した状態で発見され、それが、この部屋の住人であり、行方不明となっていた俵武尊(おもてたける)であったのだ。 「通報を受けた人間の話では、〝出られないんだ、助けてくれ〟って言うものだったんだって。ああ、またかって、正直思っちゃうよねえ。続いてるんだもん。そうなんだろうなって思いながらも来てみたら、彼が死んでたわけ。で、おかしいよね。この部屋は電気ガス水道も止められて、鍵はご両親と管理人しか持っていない。住んでる張本人も行方不明で、なにも持ち出してもいなかった。帰って来たんだとして全部止められてる状態でどこにも文句言わないわけもなさそうだし、そんなのまあいっかでは収まらないよねえ。その上、帰って来たんだとしたら、出られない、ってのはどういう意味? って思うし」 「鍵は」 「ああ、俵武尊(おもてたける)の分の? 彼の鍵は家にあったんだよ。ポストの中にね。それはご両親が大学から連絡をもらって確認しに行った時点で保管していたよ。その鍵をポストに入れたのは彼の友人だっていうのがわかってる。行方不明直前までやってた飲み会の時に、友人二人が彼の家で寝てから帰ったみたいなんだ。で、彼が起きないから、帰る時に鍵を閉めて、ポストに入れてったみたい。指紋も合ってたよ。その寝てたら起こさないで鍵閉めてポストに、ってのも、彼らの付き合いの中では決まり事だったみたい」  けれど、その彼等も、俵武尊(おもてたける)が姿を消しても警察に届けることはなかった。それは、なんの付き合いにあるのだろうと、ヒムラはもやついた感情でいっぱいになった。
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