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※  自宅までの帰り道に嬉々とした気持ちでいられるのはいつ振りであろうか。思えばどの年代も学校が楽しく、授業はそれ程でなくとも仲間たちと過ごす時間がなにより楽しかった。  それが苦痛になり始めたのはまさにこの大学に通い始めてすぐの頃からで、その辺りから風向きが怪しくなった。それはもう、自分の人生の風向きと言っても、おかしくはない。  そんなつもりもなく、楽しむ為に参加した飲み会にいた人物が、あまりにも危険だった。飲み会を開くのも参加するのも、大人数で騒ぐのも、自分と同じだけ好きな様子のその人物とは打ち解けるよりも早くから同志であるような感覚を持ったものだ。  だが、実際にはどれ程自分が健全であり、まともな感覚を持った人間であるかを理解する人材と成った。  その人物は見境がない。自分が楽しむ為ならば迷惑など顧みない。一般的に「やりすぎ」というラインもそれまでの行いの積み重ねで底上げされて優に超えていた。まずい、と思った時には既にその人物と慣れ合い過ぎていた。いつしか自分もその「一員」として数えられてしまってから、危うさに気が付いて、我に返った。  あれもこれも、恐らく同じだけ笑いあっていた自分が、急に常識人になったようでは明日は我が身だと確信していた。徐々に、徐々に、そういえばあいつもいたっけ、そんな風に言われる位、自然に身を引く。それだけに努力をした。その、努力も目につかぬよう。  遊び過ぎて色々やばくなった、留年したくない、一言「まじでやばい」とか、そんな風に言っていれば怪しまれることなく、なんとかなった。「こいつ、頭悪いな」そんな風に思っていたが、〝思った以上に頭は良かった〟。  大体は、四日を堺に人ではなくなっていく。人ではない場合は、もう、動かなくなっていた。けれどあいつは、四日を過ぎてもそのままだった。変化は起きていたし、本人もそれをわかっていたが、形を変えても尚、頭は動いていた。  思った以上に、頭が良かった。  電話をかけられたのはあいつが初めてではなかったが、九日間もあの手この手で生き延びたのはそれが初めてだった。変化する体に対して順応したようには見えなかったが、頭を回す為に食事をとったのは初めてだった。一体、あの体でどうやってエネルギーにかえられたのか。  性格の悪さが勝利したのだとしたら、執念ひとつであそこまで生きたのだろう。形を残して外に出たのも、あいつが初めてだった。形を残したまま死ねたのも、あいつが初めてだった。  思っていたよりも、頭が良かった。人間関係以外では。  ことがバレる心配もなかった。けれど、あの日あいつの家から聞こえた会話には肝を冷やした。  「専門家」と言った。警察が、「専門家」が必要だと。  そして一週間経って、本当に現れた。明らかに警察関係者とは思えない若い男が二人、あいつの家の中に入った。そうして聞こえて来た会話内容にはどういうことだと思う反面、「反対の仕事」をする人間がいてもおかしくはないと納得もした。  流石に慌てた。すぐに家を飛び出して、あいつの家に走った。  会話を聞きながら出て来るのを待った。顔はわからないが、声の印象と外見が一致した為、狙いやすかった。  四日目になった。楽しいばかりの大学での時間を終え、バイトを終え、自宅に戻ってすぐに、確認をしよう。  男が袋の中からその鏡を取り出し、洗面所の鏡と合わせ、映し合わせると同時、鏡面が波打った。 「お前か」  抑揚のない、平坦な低い声が、地を這うように室内に響き渡った。
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