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あきらめ
「三澤さん、何聴いてるんですか?」
後輩のメイちゃんが、休憩室に入ってくるなりそう言ったので、諦めてイヤホンを外した。
「内緒」と答えるよりも早く、メイちゃんは私のスマートフォンを覗きこむ。
ゆるくアップされた髪。ふんわりとしたダークブラウンの後れ毛を耳にかけながら屈む姿はとても美しく、思わず自分の乱れているであろう一本結びの黒髪に手を当てた。
「あー!リコリスじゃないですか!スイサイの!めっちゃ流行りましたよね!」
やっと来店ピークが終わり、遅い昼食がとれた16時。もう少し一人でのんびりと休みたかった。そう思いながら疲れきった表情筋に鞭を打つ。
「三澤さんスイサイ好きなんですかー!?意外ー!」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ボーカルカッコいいですもんね!ライブとか行くんですか?」
「ううん、あの」
「ホント意外!三澤さんってもっと……」
「ごめん、私そろそろもどるね!」
笑顔のままそそくさと休憩室を出た。休憩していたはずなのに、どっと疲れを感じる。
「三澤さん、早くない?ちゃんと休めた?」
店長が大量のコーヒーカップを洗いながら言った。自分だってほとんど休憩をとっていないのに、優しい人だ。
「ありがとうございます。大丈夫です」
オリーブ色のサロンをかけると、手を洗ってすぐにホールへ出る。
「莉子ちゃん!いつものお願い」
すると、すぐに常連のお客さんの呼びかけが。
「莉子ちゃんブレンドね。私、あなたが淹れたコーヒーが一番好きなの」
常連のおばあさんの言葉に、疲れが一気に吹き飛んだ。今度は引きつらずに自然に微笑むことができる。
「ありがとうございます!」
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