398人が本棚に入れています
本棚に追加
もうこの人達には、何を言っても無駄だ。私のことを、嫌な感情を通して見ている。
だったらもう、頑張って友好的に接するのも、怒りを露にして反論するのもやめよう。
「そろそろ仕事なので、帰りますね。皆さんはゆっくり楽しんで」
テーブルに二千円を置いて、会釈をして店を出た。明日から二人とどんな距離感で一緒に働けばいいのかはわからないけれど、とりあえず、今のことだけ考えよう。
まずはコンビニで栄養ドリンクでも買って、鋭気を養って。一旦帰ってシャワーを浴びて、居酒屋の匂いも落とそう。
「ちょっと待って!」
突然、腕をぐいっと引かれて、コンビニに入店するのを阻止されてしまった。
呼び止めた相手は、さっきまで面と向かって会話していた青年だった。
「まだ帰んなよ。俺さ、なんだかんだ言って、莉子ちゃんタイプなんだよね」
何を言っているのか全くわからなかった。まるで、外国人に道を尋ねられた時のよう。そっちの方がまだフィーリングでなんとかなりそうな気がするけど。
「さっき言ったこと、ムカついた?ほら、アレだよ。好きな子いじめたくなるっていうやつ?だからさ、そんなに気にしないで」
「えっと……大丈夫です。気にしてませんから。今日はありがとうございました」
「これからカラオケ行かない?歌ってあげるよ。スイサイの曲」
居心地の悪さが、遂に恐怖心に変化して、どうしたらこの状況を切り抜けられるかを考えあぐねていたその時。
「お前の歌なんて聞かねーよ」
ふんわりと包み込むように、誰かが私の肩を抱き寄せた。
「おねえさんが聴けるのは、俺の歌ですよね?」
そう言って私の顔を覗きこんだのは、あのチョビ赤髪の、ストリートミュージシャンだった。
……びっくりした。びっくりして声が出ないと思いきや、私は自分でも驚くほど冷静に、「はい」と頷いたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!