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「助けてくれて、ありがとうございました」
ニヤニヤ顔の青年が去った後、チョビ赤髪のミュージシャンに深々とお辞儀をすると、彼は照れくさそうに微笑んだ。
初めて間近で見る彼は、遠目で見ていた時よりも優しい印象だった。奇抜な髪色をしているから、もっと取っつきにくい雰囲気だと勝手に思っていたけれど、そんなことは微塵も感じない。
少なくても、同じ歳くらいのさっきの青年とは、纏っている空気感が全く別物だ。
それはそうと、毎日演奏を観に行っていたことがばれてしまっていたんだな。
少し恥ずかしくなって、私は逆に開き直って言った。
「……今日も歌うんですか?」
彼はこくりと頷く。
「そうなんですか。頑張って下さい。また、観に行きます」
もう一度お辞儀をして、今度こそコンビニへ。
と、思ったのに。
「待って下さい」
彼は言った。
「どうしていつも、リコリスしか聴いてくれないんですか?」
彼の質問に、私は慌てふためく。そこまで気づかれていたなんて。……知らぬ間に、嫌な思いをさせてしまったのではないだろうか。
「ち、違うの!途中で飽きたとか、そういうんじゃなくて!」
自分でも笑ってしまうくらい必死だった。
「仕事に行かなきゃならなくて。だからいつも、最後まで聴けなかったの。あなたの歌、すごく素敵だと思う!」
私の言葉に、彼は固まった。益々恥ずかしくなって、もうコンビニはいいからすぐに帰ろうと思った。
「仕事って、なんの!?これから!?夜中に!?」
すると、今度は何故か彼の方が必死になった。興味本位とか、そういう聞き方じゃなくて、もっとこう、親身になってくれる母親みたいな口調で、心配そうな声だった。
「……?清掃のバイトです。深夜の方が時給が高いので」
彼はもう一度絶句して固まった。
そして、
「…………おねえさん、ひとつだけお願いがあります」
彼は頭を下げて言った。
「俺を、おねえさんの家に置いて下さい。ちゃんと家賃払いますから」
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