情熱

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情熱

「駅からだいぶ歩くけど、大丈夫ですか?」 「全然大丈夫です!」  彼はとても嬉しそうにニコニコ笑いながら、私の後をついて来た。野良犬を拾った時の心境に似た、妙な使命感と罪悪感を胸に、時計を気にしながら足早に歩いた。 「……そういえば、名前はなんですか?私は莉子です。三澤 莉子」  彼は目をぱちくりさせて、しばらく黙った後、不審がる私に言った。 「……つる」  声が小さかったのと、ちょうど大型車が通る音にかき消されて、よく聞き取れなかった。 「え?つる?」  彼は優しい顔でもう一度微笑んだ。 「……うん。そう。つる」 「つる?鶴!?あだ名なの?」 「ううん、本名」 「そうなの!?鶴って、……でもおめでたくていい名前か。長生きしそうだしね。つるちゃん。可愛い。つるちゃん」  つるちゃんは、笑いを堪えていた。  私は鶴を家に連れて帰ってしまったんだな。なんだかお伽噺みたいで、罪悪感は少し薄れ、使命感の方は逆に強まった。 「着いたよ」  20分ほど歩いたところで、我が家に到着した。つるちゃんは、黙って家を見つめている。何もない辺鄙なところに、更に築30年の古びた木造の家屋だったので、驚いているんだと思う。 「お化け屋敷みたいでしょ。やっぱりやめる?」  悪戯にそう笑うと、つるちゃんは首を横に振った。 「違うんだ。ここ、シャッター閉まってて。……お店か何かやってるの?」  彼の洞察力に感心する。 「そうなの。昔、母とカフェをやる為にここに越してきたんだ。……結局、叶わなかったけど」  話しながらポケットから鍵を取り出した。 金属のキーホルダーがカチャリと音を立てる。すると、今度はそこに食いつくつるちゃん。 「それ…………」  つるちゃんが指差したキーホルダー。 「ああ、これ可愛いでしょ?ちっちゃいリコーダーなの。ちゃんと音が出るんだよ」  吹いて見せようとしたけど、夜分なので控えた。 「くれたの。友達が」  もう随分会っていないし、これからも会うことはないだろう。だけどふとした時に思い出したり、勇気づけてくれたりする、大切な友達だ。 「大事なお守りなんだ。……って、入る前からいろいろ突っ込むのね。あの番組みたい。家ついていって……」  振り返った私は絶句した。  つるちゃんはまた泣いていた。涙を流しているわけじゃないけれど、目は確かに美しく潤んでいる。  驚くよりも先に胸が高鳴って、そのせいで涙の理由を聞けないままに家の中へ入った。
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