情熱

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「お邪魔します!」  誰かに向かって一生懸命挨拶するつるちゃん。当たり前だけど返事はなく、静まり返っている。  何もない殺風景な店舗は通りすぎて、階段を上り二階の住居スペースへ案内した。 「……あの、お母さんは?」  つるちゃんは、どこか申し訳なさそうに聞いた。この人は、家族がいる家に居候しようと思っていたんだろうか。 「お母さんはあそこだよ」  そう言って、居間にある仏壇を指差した。父と母、二つ並んだ写真を見て、つるちゃんは黙りこむ。 「三年前に亡くなったんだ。父はもう、とうの昔に亡くなってるから、今は一人暮らし」  高校を卒業すると同時に、母と二人でこの地に越してきた。本当は、母がここでカフェを開くはずだったのに。若年性の認知症になってしまい、その夢は断たれた。  アルバイトをしながら母の介護をする生活を続けて8年目、母は病気で亡くなってしまったのだった。 「……肺炎だった。何もできないまま、呆気なく逝ってしまったの」  また無意識にリコーダーを握りしめていた。  つるちゃんが、「お線香あげていい?」と聞いてくれて、私は驚いた。  しんとした部屋に、鐘の音が響いた。そして、今度こそつるちゃんの瞳から涙がこぼれ落ちた。    どうしてこの人はすぐに泣くんだろう。アーティストだから、感受性が強いのかな。そんなことを考えながらも、その美しい涙を見る度に、心がほぐれて、癒されている自分に気づいた。  まるで、私の痛みに共鳴して、代わりに泣いてくれるみたい。 「じゃあ、適当に寛いで。そこの部屋好きに使っていいから」  昔お母さんが使っていた和室を指すと、私は急いでバスルームへ向かった。早く準備して仕事に行かないと。 「ちょっと待った!」  急に声を上げるつるちゃん。 「な、なに?」 「そのバイトの会社の名前は?」 「く、クリーンオフィス山崎です」
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