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 時々は息が苦しくなることもあるけれど、そんな時は焦らずに隠れ場所を探せばいい。溺れそうな時は下手に逆らわず身を任せればいい。いつも自分らしくありさえすれば、誰かの感情に惑わされることなく堂々と生きていける。それを教えてくれた戸川のためにも、自分はもっと素直にならなければいけないと塩見は思う。 「あぁ、そうだ。シオちゃん、これ」  急になにかを思い出したように、戸川が携帯の画面を見せてくる。 「片瀬くんじゃない?」  ――君が幸せそうでなによりです。(20代男性)  塩見の漫画『シオちゃんと戸川さん』に寄せられたコメントのひとつ。名前こそ明記されていないが、戸川にも塩見にもこれが片瀬陸人からだとわかる。 「……うん」  塩見の漫画を読み、片瀬がどんな感想を持ったかはわからない。けれど、その短い文面から伝わってくる感情は、塩見の心に優しく染み入ってくる。逃げるように大学を去ったことを塩見は少しだけ後悔するが、戸川が勧めてくれたこの連載のおかげで、片瀬に付けてしまった傷も癒えるのではないかと塩見は願う。傷付いたのは自分だけじゃない。片瀬もきっと狭く窮屈な水槽の中で、息がし辛かったのだと今ならわかる。
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