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「……なんで」 「だって! 戸川さんしか、まともに会ったことないって聞いたし、俺すげぇファンなんですよ」  目をキラキラさせて鹿島が戸川に肩を寄せてくる。 「……教えない」 「えーっ、なんでですか」 「シオちゃんのことは俺が知ってればいいから」 「やっぱ美人なんですか?」 「美人? おまえ、シオちゃん男だぞ……まぁ、でも、美人だしかわいいけど」  美人でかわいい……でも、少しめんどくさい。戸川が元妻である美希子に感じた『めんどくささ』とは種類の違う『めんどくささ』が塩見にはある。だが、戸川はそれすらも悪くないと思っている。それに鹿島が言うように、この出版社で塩見直と直接関わることが出来るのは戸川だけで、それはいい具合に戸川の自尊心や優越感を刺激してくる。  3年前、戸川がちょうど結婚を決めた時期、もしかしたら担当を離れるかもしれないと話した時、塩見は今にも泣き出しそうな顔で戸川に追いすがってきた。戸川さんじゃないと困ります。そう言って不安そうに黒い瞳が揺れた時、なにかが戸川の中で芽生えたのだ。それは庇護欲であり優越感であり、小さな恋の種であったのかもしれないと戸川は思う。 「……やべぇ……超好きじゃん」  30にもなって塩見に夢中で恋をしている。その自覚が今さらじわりじわりと戸川を追い詰めてくる。
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