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「……始まりますよ」  じっと塩見を見つめてくる戸川にそう告げると、そっと左手を握られる。大きな手がすっぽりと塩見の手を覆い、ぎゅっと指をまとめて握りこまれ、塩見は映画どころではない。振り解くことも簡単に出来たが、塩見はそうはしなかった。  大きなスクリーンには名も知らぬ外国の俳優が映っている。塩見は字幕を追うことに集中しようと思ったが、戸川がそれを許さなかった。  握られた手を引かれ、少し体勢を崩した塩見の背中に戸川の腕がまわってくる。 「戸川さ、ん」 「しっ」  もうふたりの視線は前を向いていなかった。塩見の額に戸川の額がこつりと当たる。鼻先が触れ呼吸がぶつかり、塩見は堪らずぎゅっと目を閉じた。  戸川のくちびるが塩見のくちびるを掠め、ゆっくりと押し当てられる。触れるだけのライトなキスでも、塩見の心臓は壊れそうなほどに鳴り、思わずきゅっと戸川の服を掴んでしまう。  煙草、コーヒー、チキンサンド、それらの匂いを塩見は敏感に感じとったが、少しも不快感を感じない。それ以上に、戸川の全身から発せられる香水や柔軟剤の香りが、塩見を包みこんでいく。
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