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「シオちゃん、蕎麦頼んでおいたから一緒に食おうよ」  何故か戸川が、塩見の隣の部屋へと引っ越してきた。戸川は塩見よりいつつ年上の30歳。今から3年ほど前に結婚をし、つい半年前に離婚をした。今の部屋はひとりでは広すぎるからという理由で、塩見の隣室が空いたのをいいことに今日引っ越してきたのだ。  早い時間から引っ越し作業をしていたらしい戸川の額には汗が滲んでいる。いつもスーツ姿の戸川が、今日はオフホワイトの長袖カットソーに、グレーのジョガーパンツというラフな出で立ち。髪もぼさっとしており、顎にはうっすらと無精ヒゲが生えている。  そのギャップに塩見が呆気にとられている間に、戸川は勝手に部屋にあがりこみ「なんか飲ませて」と冷蔵庫を漁りだす。戸川はいつもこうだ。塩見の都合などお構いなしにやってきて、一緒にメシを食おうと部屋にあがりこむ。普段はコンビニ弁当が定番だが、今日はどうやら引っ越し蕎麦らしい。 「……ほんとに引っ越してきたんですね」  戸川はシンクに寄りかかって缶コーヒーを飲んでいる。よほど喉が乾いていたのか、のけぞる喉の動きは大きく、ぼこりとふくらんでは凹むその形に塩見はうっかり見惚れてしまっていた。べこっと缶を潰す音で我に返り、いけないいけないと頭を軽く振る。
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