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「またね」  そう言って戸川は身を屈め、うつむく塩見のくちびるを掠め取ると、そのまま隣の部屋へと戻っていった。  ぱたんと扉が閉まり塩見は大きく息を吐き出す。やはり疲れている。ひとりになってホッとしている自分がいる。それに気付いてしまうと、もうどうしようもなかった。その辺にカバンを放り投げ、着替えもしないままベッドに倒れこむ。  知らず張り詰めていた心がゆるみ、今はじめて自由を得たかのように、ひとりの気楽さを謳歌している。戸川といて楽しかったのは嘘ではない。映画の内容はほとんど記憶に残っていないが、戸川がスーツを選んでくれたことも、わざわざ車を出してくれたことも、プレミアシートを予約していてくれたことも、全てが嬉しかった。  しかし、きちんと付き合うとなると話は別だ。自分のペースを乱されるのは嫌だし、どんなに好きでも毎日は会いたくない。ひどく矛盾しているが、それが塩見直という人間なのだ。  付き合ってしまったら、きっと戸川に我慢をさせてしまう。そして、それが嫌で自分もまた我慢をしてしまう。互いに無理をし付き合っても、なにひとついいことはないと塩見は思う。戸川さえ良ければ塩見は『都合のいい相手』でも構わないのだ。むしろ、そのほうがいいとすら思っている。  目を閉じて考える。愛人のような存在でいいと言ったなら、戸川はなんと言うだろうかと。
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