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「戸川さんは……これ。アイボリーモザイク」 「どれ?」 「グレーのやつ。尾ひれに黒のモザイク模様が入った」 「あぁ、これ? 俺こんな? 派手じゃね?」 「ボディはグレーの単色だし、尾ひれのモザイク模様がかっこいいですよ」  眺めていても、なにも感情が伝わってこないグッピーが、塩見は好きだった。時おり物言いたげに見つめてくることもあるが、いくら共感能力の高い塩見といえども、さすがにグッピーの気持ちまでは感じることが出来ない。だから、ずっと眺めていることが出来る。 「シオちゃん」 「はい?」  戸川に呼ばれ横を向くと、思いのほか近くに顔があって塩見はハッと息を呑んだ。端正な整った顔に無精ヒゲ。それがやたらとセクシーで塩見は目を合わせることが出来なくなっていく。さっきまでは気付かなかったが、戸川の身体からはほのかにウッディムスクが香り、人よりも過敏な塩見はその香りに酔ってしまいそうになる。  戸川の指先が塩見の頬に触れる。びくりと大袈裟なまでに肩を震わせる塩見に戸川は苦く笑い、一気に距離を詰めようとした、その時だった。  インターホンが鳴り、ふたりの間にあった甘やかな空気が瞬時に壊れる。 「あ……えっ、と……蕎麦ですかね?」  塩見の言葉に戸川は自身を恨みながら、大股で玄関へと向かった。
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