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 思い出してへらへら笑う戸川を、塩見がキッと睨みつける。担当が変わると困るというのは本当だが、当時の塩見は仕事云々よりも戸川との交流が絶たれることを恐れていたのだ。だから必死になって止めたのに、それを「かわいく」などと言われてしまうと納得がいかない。 「……鈍感」 「え? いや、俺さ。今思うと、その頃からシオちゃんのこと好きだったと思うんだよね」 「は? 結婚したくせに、なに言ってんですか」  今さらなにを都合のいいことをと、塩見の機嫌はどんどん悪くなっていく。 「そんな怖い顔しないでよ。ほら、俺鈍いから気付かなかったんだって」  険しい顔になってしまった塩見に戸川は請うように手の甲でそっと頬を撫でる。壊れものでも扱うかのような撫で方に、塩見はくすぐったそうに首をすくめた。本当はもう少しチクチク言ってやろうと思っていたのだが、愛おしそうな顔で頬を撫でられてしまっては許すしかないと、塩見は話をパッと切り替えた。 「戸川さん、今度どこか行かない?」 「うん? そうだなぁ……温泉とかは?」 「温泉? 夏に?」 「うん。シオちゃんと風呂入って、うまいメシ食って、浴衣姿のえろいシオちゃんを堪能すんの」 「……おっさんか」  頬を撫でていた手が首の後ろにまわり、ぐいっと引き寄せられる。戸川の胸に頭を預けた塩見は、大きく息を吐き出し静かに目を閉じた。背中を撫でる大きな手。煙草の匂いがする広い胸。鼓膜に響いてくる心音。その全てが塩見が生きるための水槽だ。
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