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さて、小学校を卒業すると、坂の上の小学校と坂の下の小学校が合わさってできた中学校に入学した。
その中学校は、私立の山の手の名門大学の緑に囲まれた私有地にあった。
僕は1年F組になり、最初の二日間ぐらい憂鬱になった。どう考えたってなるだろう。だって、A、B、Cにはクーラーが完備されていたけど、DとEとFには設置されてないんだぜ。理由は、A、B、Cは車の往来が激しい通りに面していたため、窓を開けると騒音が気になるからだと聞かされた。
そして、入学して二日目の体育館での全校生徒の体力測定や健康診断の日、2年の奴がわざと僕にぶつかってきて、僕は見事に床にぶっ倒れた。僕は何も言わず、しどろもどろになりながらおとなしくしていた。今の僕に言わせれば、そんなこと、ちゃんちゃらおかしい話でさ。だって、今の僕は、仕事をしてもすぐにムカつく奴と喧嘩して辞めて帰ってきてしまうわけだから。何しろ、カッとなると物が見えなくなる性分でね。だから、もし今あの2年の奴に会ったら、テメェこの野郎って半殺しにしてやるかもしれない。でも、もしそいつが今、社長かなんかになってお金持ちになっていたら、話は別だ。どう変わるかというと、あの時、何百人もいる中でわざわざぶつかってきていただいて、ありがとうございます、なんて媚びを売ったりするかもしれないな。だって、僕ってそういう奴なんだよ。ホント最低の奴なんだよ。
黒船のような外の世界がいきなりやってきて、中学校で僕はたくさんの友達を作った。というのはウソで、そんなにできなかった。
しかし彼のことは覚えている。
彼は坂の上の小学校から来た生徒で、僕の近くに座っていた。
1年F組で印象に残ってる奴をあげろと言われたら彼しかいない。
何しろ、彼は僕が今まで見たことがないタイプで、言葉を失うくらいカッコよかった。僕にとって、そのカッコよさだけで尊敬に値するほどだった。彼と友達になりたいと思った。
でもって、彼と喋るようになって、参上するのがこの物語の準主役ってところの谷口だ。どんな奴かと言うと、ユーモアの感じられる物腰ーーそれが魅力をふりまき、生まれつきのやらしい顔を目立たなくしている。そんな奴だ。
僕は二人のことが好きだったーーとはいっても、振り返ると実は彼らのことをほとんど何も知らなかったのだがーー一緒にいるだけで面白い人生を味わうことができた。この時の気持ちは、他ではちょっと味わえないほど素敵な時間で、学校に行くのが楽しみになった。おそらく自分にないものに心を引かれるという、お決まりのパターンだったのだろう。
そいで、その中学に入ってまず最初にやったのが度胸を試すことだった。
というわけで、さっそく始めましょうか。
一年生の教室は5階建ての校舎の5階に位置していた。その5階の窓の外に出て、窓枠を進んで行き、20センチくらい突き出した教室の真ん中にある1メートルほどの幅のコンクリートの外壁を手と足を伸ばして越え、向かいの窓から教室に入るというたぐいのもの。
しかし、そんな度胸があるのは彼一人だった。いや、あともう一人A組からやりにきた人がいて、その人もできた。
他の奴は、とてもじゃないけど、恐ろしくてやらなかった。けど、彼は何回もやって見せてくれた。それを一番喜んで見ていたのが僕だった。
「もう一回、もう一回」
彼は僕に笑いかけた。「いいよ」
結局、誰かから聞いた担任が、夕方、僕と川崎のところに聞きに来た(川崎は坂の上の小学校)
「彼は本当にそんな危ないことやってたのか?」
僕は言葉を濁した。「やってたような、やってないような……」
と、いきなり先生が怒鳴った。
「どっちなんだ!」
「やってました!」と、川崎が大声で言った。
どうでもいいんだけど、僕じゃなくて、川崎が先に言った。
僕は、こいつ度胸あるな、先生に言っちゃて、と思いながら見ていた。
でも、今となってはもうどっちが先に言ったかなんて覚えていないが、次の日から度胸試しがなくなったことは確かだ。
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