花の下

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「シュウ…」 「コウさん、見えた?座って居ましたよね?見えてる?黒い揚羽」 「ん…見えたし、見えてるよ。多分、データには残ってないと思うけど」 「でも、この花…」 掌を広げるとコウさんは、すっと摘んで池に投げた。 「あっ」 花は風に乗って水面を走ると、吸い込まれるように沈んで行った。 「物証だったのに…」 「なんのだよ」 コウさんは肩をすくめて笑った。 「確かにあったって。蝶は?黒い蝶…」 「ん、そうだな…水先案内?」 「何処へ?」 「何処?ん、過去とか、未来とか?後悔とか無情とか、希望とか?」 「…」 「確かさと不確かさはイコール」 「わからない…です」 「桜の樹の下には、きっと様々なモノが眠っているんだろ。起こさないで、そっとしておくのがいい」 「それは…なんとなく…わかる」 俺はカメラバッグのポケットから、あの写真を取り出してコウさんに見せた。 コウさんは空に翳すように写真を見て けらけら笑い出した。 「願はくば…って、誰か言ってましたよね?」 「願はくば?こういうドッキリはやめて」 「ドッキリじゃないし…」 「願はくは 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ 西行辞世の歌だな」 「西行…」 「如月の望月は、お釈迦様の入滅した日で、出来ることなら私も同じ日に美しい桜の下で死にたいっていうような意味」 「コウさんって、なんでも知ってるんですね」 「いや、こんな隠し撮りを、シュウが持ち歩いてたとは、今の今まで知らなかったけど。これ、貰っていい?」 「はい。でも破って捨てたりしないで下さいよ。俺、気に入ってるし」 「ん、ありがと」
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