香る夜

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往復30分余の筈だが、家に着いたのは既に12時を回っていた。 あの山城に3時間以上も居たことになる。 あの香りのせいなのか、行って帰って来ただけのつもりが、思いがけず長居をしたのか、或いは迷っていたのか、妙に気持ちが高ぶって、なかなか寝付かれずに朝を迎えた。 朝食を済ませると直ぐに出掛けた。 昨夜より、少し風がある。 やはり20分程で到着した。 駐車場にバイクを止めると、すぐ前には全景案内板、資料センターがある。其処で、歴史背景、城の変遷、発掘の様子、出土品、ジオラマなどを見てから外へ出た。 順路に沿って歩き、辿り着いた門は、瓦が葺かれた薬医門。 俺がくぐったのは、見上げるほどに高く、どっしりとした冠木が渡されていた。 そもそも、門の傍らにバイクを止めたのだから、正面入口ではない所から入り込んだのだ。 城というと、天守閣を頂く壮麗な城をイメージするが、此処は、富士山を望む高台。断崖の下を流れる川。自然の地形を活かした堅固な守りの山城。 城と桜、月、ライトアップされた紅葉。 何かに夢中になって、時の経つのも忘れて…という人に久しく会ったことがない気がして、興味が湧いた。 ただの偶然…。 刷り込まれるように、月見特集を提案したのかもしれない。 城の魅力を語る彼女のことをぼんやり思い出し、月が上る夜の絶景スポットを探しながら歩いた。 樹々が繁り、草はらは広がり、山野草は所々で可憐な花をつけていたが、匂い立つ香りの花を見ることはなかった。
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