香る夜

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それから、クーラーボックスに食料を詰め込んで出掛けた。 コウさんは、正面入口の大きな城址全景図の前で車を停めて、また来た道を戻り、一つ手前の道を曲がった。 車を降りて坂道を登る。 「コウさん?」 「職質されたのはこの辺り?先は行止まりの切り立った崖。ほら、門の礎石の跡がある。シュウが見た幻の冠木門とか?」 「幻…」 「現在置は此処…かな」 「え?凄い外れてるじゃないですか」 「外れてるね。3時間も彷徨った理由。沢に落ちなかったのが不思議なくらいだよ」 「そんな…」 「発掘整備されて、見学通路になっているのは城のごく一部。多分正面から歩いたら1時間もかからない散策コースのはずだから」 「今、何処に向かってるんです?」 「正規ルート」 コウさんは案外歩くのが速い。 普段何の運動もしてないくせに。 しかも、何日も通っている俺より詳しいみたいに歩き、時々立ち止まって、案内図で説明をしてくれる。 40分近く歩いて、漸く写真を撮った高台へ着いた。 景色は同じなのに、この場所だったのか、なんとなく違うようにも思えた。 富士山が見える。遮るものがないせいかずっと近い。 「小休止。ん、撮影スポットにはいいね。月が迫って来る感じかも」 「風が吹いて、止んで、香りが…」 柵から身を乗り出して覗き込んでみたけれど、無論、花の影すら見えなかった。 「そもそも、嗅覚は言語化が極端に難しい。甘く柔らかにフワッと。とかさ。わかる?共有化表現。同じ香りだとしても、シュウと僕とでは違って感じるかもしれないし」 「そんな…」 「線香とか?ね」 「違いますよ。煙くはなかったし」 「はいはい。あー、風、気持ちいい。一寸昼寝しようかな。久しぶりに徹夜だったし。30分。月が映るまでまだ大分あるね。張り切って早く来すぎたな」 「…」 コウさんは、柵の側に立つ木にもたれるように座ると目を閉じた。 神経細そうなのに、何処でも眠れるって…。
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