花の下

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大学2年になったばかりの頃だ。 その人は、黒い揚羽蝶を追い掛けて、近くの小さな公園に走って行った。 長く伸びた髪、細く痩せた手足。 膝丈のパンツにシャツははだけている。 見知った顔ではなかったが、その家から出て来たので、コウさんなのだと思った。 尋常でない気がして、後を追った。 小さな公園には、路に沿って桜の樹が植えらていて、ベンチが幾つかあった。 蝶はコウさんには目もくれず、止まることもなくひらひらと桜の樹の間を舞っていた。 コウさんは、転び、ベンチに強か足をぶつけながらも、蝶を追う。 病んでいる…或いは、狂っている。そんな風に見えた。 そして、その無垢な子供のような表情に、思わずシャッターを切っていた。 やがて、蝶の姿は見えなくなり、桜の樹の下に座り込んだコウさんは、虚ろに遠く空を見つめていた。 高揚した瞳はもうなかった。 「大丈夫ですか?」 と、跪いた俺の頭を撫でて微笑んだ。 掌から白い花びらが零れ落ちて、俺は ドキッとするような、ゾクッとするような…得体の知れない感覚を覚えた。 家まで数十メートル。 ぐにゃりとした人形のような彼を背負うと、背中で呟くか細い声。 「シュウ君?ありがと」 名前を呼ばれたことが不思議で俺は黙って頷いた。
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