2人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
大学2年になったばかりの頃だ。
その人は、黒い揚羽蝶を追い掛けて、近くの小さな公園に走って行った。
長く伸びた髪、細く痩せた手足。
膝丈のパンツにシャツははだけている。
見知った顔ではなかったが、その家から出て来たので、コウさんなのだと思った。
尋常でない気がして、後を追った。
小さな公園には、路に沿って桜の樹が植えらていて、ベンチが幾つかあった。
蝶はコウさんには目もくれず、止まることもなくひらひらと桜の樹の間を舞っていた。
コウさんは、転び、ベンチに強か足をぶつけながらも、蝶を追う。
病んでいる…或いは、狂っている。そんな風に見えた。
そして、その無垢な子供のような表情に、思わずシャッターを切っていた。
やがて、蝶の姿は見えなくなり、桜の樹の下に座り込んだコウさんは、虚ろに遠く空を見つめていた。
高揚した瞳はもうなかった。
「大丈夫ですか?」
と、跪いた俺の頭を撫でて微笑んだ。
掌から白い花びらが零れ落ちて、俺は
ドキッとするような、ゾクッとするような…得体の知れない感覚を覚えた。
家まで数十メートル。
ぐにゃりとした人形のような彼を背負うと、背中で呟くか細い声。
「シュウ君?ありがと」
名前を呼ばれたことが不思議で俺は黙って頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!