探偵とスキャンダル ~1~

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探偵とスキャンダル ~1~

 それはある冬の日のことだった。いつもと同じように俺がエメラルド探偵事務所に行くと、そこの所長である緑川綾子(みどりかわあやこ)さんと探偵こと、竹井希杏(たけいきあん)が顔をくっつけて、緑川さんのデスクに置かれたパソコンの画面をのぞき込んでいたのだ。探偵の方は眉間にしわを寄せている。 「まったく困ったものね。これから依頼人も来るっていうのに」  緑川さんはため息交じりの声を出した。いつもは仕事のできるボスという感じだから、こんな表情は珍しい。 「どうかされました?」  俺もパソコンの画面の方に近づきながら、訊いた。 「あら、根津さん」  緑川さんは顔を上げた。同時に探偵も不機嫌な顔をこちらに向けた。 「実はね」  そう緑川さんは指でパソコンの画面を示した。俺はデスクを回り込んで探偵の横につき、画面を見た。  そこに映っていたのは、とあるネット記事だった。見出しは『エメラルド探偵事務所所長・緑川綾子、悪徳社長と不倫関係か?』である。載っている写真にはいかにも金持ちそうな男と緑川さんが並んで歩いている様子が写っていた。怪しそうな記事だ。 「本当、酷いでしょ?」  探偵は声を荒げた。ぷくっと頬を膨らませている。  よく記事を読むと、どうやらエメラルド探偵事務所が創設される前、緑川さんが当時いくつもの悪行を働いていたある会社の社長の愛人だったらしいというのだ。つまり、写真も古いもので、もう二十年以上前に撮られたものなのである。 「所長。この記事を出した通信社に抗議します。こんな古い情報で事務所に悪評が立ったら、たまったもんじゃありません。そもそも事実かどうかも怪しいし」  探偵は今すぐにでも事務所を飛び出しそうなぐらいお怒りの様子だ。  一方、緑川さんは、流石できるボスである。冷静に探偵を制した。 「やめておきなさい。希杏、画面右上の閲覧数を見てみなさい」  そう言われた探偵は画面に視線を落とした。  同時に俺も見てみる。すると、そこには二桁代の数字が書かれていた。 「あまり伸びていないでしょ。だから、放っておいても大丈夫よ。人の噂も七十五日」  そう言う緑川さんはいつの間にか応接間のソファに座って、上品に紅茶を飲んでいた。いつの間に淹れたのか。  楽観的だなあ。経営者は常に危機感を持って、少しの問題も放っておかないものじゃないのか。まあ、緑川さんに限ってそんなことはないか。きっと、本当に大丈夫なのだろう。真のできるボスは、どれが問題でどれがそうじゃないかということを判断できるものだ。  ところが、事態が動き始めたのはその数日後だった。
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