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探偵とスキャンダル ~2~
その日、エメラルド探偵事務所に行こうと五が丘の大通りを歩いていると、大学のキャンパスを通りかかった。五が丘大学という、この街唯一の大学だ。白い壁が印象的な綺麗な校舎である。
今はちょうど夕方の講義が終わったころなのか、正門から学生たちが流れるように出てきている。
そういえば、と思ったとき、と聞き覚えのある声で呼ばれた。
「根津さん!」
背の低い、メガネの女の子。思った通り、探偵だった。そういえば、彼女もここの学生だったのだ。
探偵は正門の奥から大きく手を振りながら走って近づいてきた。
「ここで会うなんて珍しいわね。待ち伏せ?」
「まさか。俺は暇じゃないんだぞ」
「いつも事務所に来てはだらだらするくせに」
「君のお守が俺の仕事だ」
「都合いいのね」
探偵は呆れたように言った。
楽な仕事で悪かったな、と言い返そうかとも思ったが、やめた。こんな年下相手に言い争いを始めるのは大人げない。
一方の探偵はそんなことを考えた俺なんか気にせず、話題を変えた。
「ねえ、久しぶりにお守っぽい仕事してくれない?」
「仕事はいつもしてるつもりだ。調査か?」
ときどき探偵は警察の介入する事件ではない、浮気調査やペット探しに俺を連れていくことがある。警察手帳があると建物に入りやすいとか、もっともらしい理由は言われたが、結局は張り込み中の話し相手だったりペットを追いかけ走り回ったりする助手の役割を担ってほしいのだ。
ところが、今日の探偵は違うらしい。
「いいえ。買い物に付き合ってほしいの」
そう言うと、探偵は俺の腕を引っ張り、どしどしとショッピングモールの方に歩いて行った。
五が丘大学のキャンパスの近くにはいかにもベッドタウンという感じのショッピングモールがどんと建っている。とても規模が大きく、三階建ての立体駐車場の電光掲示板は常に満車の表示になっている。
探偵と俺は一番大きな通路を歩いていた。通路を挟んだ左右には洋服、雑貨、食料品などのお店がずらりと奥まで並んでいる。
探偵はカジュアルな服が並ぶ店に入っていった。
「仕事がない?」
俺は驚きのあまり、聞き返した。
「ええ。ここ二、三日、依頼のキャンセルが相次いでいるのよ」
「この間、事務所に行ったときだって、これから依頼人が来るって」
「あれも一度は依頼されたんだけど、次の日に電話が来て、やっぱりキャンセルで、って。おかげで今はこうしてのんびり買い物できるぐらい暇ってわけ。――あっ、あのパーカーいい!」
探偵は服を吟味しながら、今の事務所の状況を教えてくれたのだ。今はマネキンが来ているパーカーを見ている。
「あの記事のせいか?」
「明確なことは分からないけど、多分ね」
「閲覧数は伸びてなかったはずだろ」
「それが今朝見たら突然、ゼロが三つ増えてたわ」
そう言うと、探偵は持っていたパーカーの裾から不満そうに手を離し、店から出た。そして、俺たちは再び通路に出た。
「不自然だな。調査は?」
「もちろんしたわ。あの記事に記者の名前がないことも確認したし、サイトを運営しているヒルズ出版っていう会社に問い合わせてみたりしたの。だけど、外部のライターに任せたから分からないとしか言わないのよ。だから今はとりあえず、その外部のライターっていうのを追ってるわ。まだ収穫はゼロだけどね」
「運営会社を頼れないとなると、手がかりは難しいか」
「ええ。地道に話を聞きにいくしかないわ」
探偵は腕を組んだ。彼女がここまで困っているのは珍しい。
「俺も警視庁のデータを調べてみるよ」
彼女の困った顔を見て、ついそんなことをうっかり言ってしまった。ぽろっと口から出てしまったが、そのデータは膨大で調べるのには結構時間がかかるのだ。
「本当! 助かるわ」
俺の後悔とは反対に、探偵の目はキラキラしていた。
ああ、自分の優しさを憎む。俺はため息をついた。
そのあと俺は早速警視庁に戻って、資料室に籠った。地下にある資料室には人がほとんど来なくて、調べ物には集中できた。
しかし、残念ながら成果は伴わず、外部のライターらしき人物につながりそうな情報は見つからなかった。
そして、事態がさらに悪くなったのはその次の日のことだった。
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