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探偵とスキャンダル ~3~
警視庁にいると、珍しく探偵の方から呼び出しがあった。電話の奥から聞こえてきた彼女の声は焦っている様子だ。
「大変なことになったわ。今すぐに来て!」
ただならぬ雰囲気だ。
もちろん、俺は五が丘に飛んで行った。
急いで事務所に向かうと、探偵はドアの前で突っ立っていた。
「探偵?」
俺が呼ぶと、彼女は振り向いた。これまた珍しく、不安そうな顔をしていた。
「根津さん!」
「何があったんだ?」
「事務所に入れなくなっていて。大学から帰ったら突然」
「え?」
急にそんなことになるわけない。
俺は玄関のドアノブを握ってひねり、ガチャガチャした。しかし、堅くて開きそうない。
「鍵は?」
「変えられてるみたい。持っているやつ挿してみたけど、ダメだった」
俺はドアノブから手を離して鍵穴を見てみた。パッと見気付かなかったけど、そこだけピカピカで新品になったみたいだ。
「その代わり、こんな手紙が」
探偵は封筒を差し出してきた。シンプルな白い封筒の真ん中には『希杏・根津さんへ』と書かれている。この整った文字は、きっと緑川さんのものだ。
「中身は?」
俺は訊いたが、探偵は首を横に振った。
「そうか。じゃあ一緒に開けてみよう。鍵が変わった理由が分かるかもしれない」
俺は貸して、と低く囁き、封筒を開けて中身を取り出した。中には一枚の便箋が入っていて、緑川さんからのメッセージがぎっしり書かれていた。
『希杏・根津さんへ
急にこんなことになってしまってごめんなさい。
この間見つけた記事が思った以上に拡散して、依頼のキャンセルが相次いでいること、きっと根津さんも聞いているでしょう。それに加えて、実は誹謗中傷のメールも日々増えてきているの。これは希杏には言っていなかったけど。この事務所を創設して二十年以上は経つけれど、こんなことは初めて。もしかしたら、これからヒートアップして物理的な被害も出るかもしれないわ。
そこで今日からしばらくの間、休業することにしたわ。そして、わたしも安全のために身を隠すことにした。だから、あなたたちもしばらく事務所には近づかないで。根津さんには五が丘に来ないでって言いたいけれど、責任感の強いあなたならきっと来てしまうわね。だから、事態が落ち着くまでは二人でいてください。部屋は事前にわたしが借りていて、住所はこの手紙の最後に書いたわ。鍵はそこの大家さんに預かってもらっているから、部屋に入る前にもらいなさい。そして、もう一つ。わたしを絶対に探さないで。お願い、あなたたちまでひどい目に遭わせたくないの。
最後に、わたしの知り合いの事務所に希杏の推薦状を送ってあるわ。そのコピーを同封しておいたから、何か困ったことがあったらその人を頼りなさい。とても優秀な人だから、きっと力になってくれるわ。
それでは、どうか二人とも無事で。
緑川綾子』
「何よ、これ」
読み終えた瞬間、探偵がそう声を震わせた。
「うちの事務所、こんな危険な状況だったの?」
「落ち着け、探偵。緑川さんのことだ。きっと何か考えがあるんだ」
「確かにそうね」
そう言うと、探偵は自身を落ち着かせるために一度大きく深呼吸をした。たとえ優秀な彼女でも、冷静さに欠けていればその良さは発揮できない。
「推薦状ってこれかしら?」
探偵は封筒の中からもう一枚の紙を取り出して広げた。緑川さんからの手書きの手紙とは違い、パソコンで打ち込まれたものである。左上の宛先は『ルビー探偵事務所 赤山直美殿』と書かれていた。俺もしょっちゅう五が丘に来ているが、事務所の名前もこの人のことも聞いたことがなかった。
「知ってる人?」
探偵に訊いてみたが、同じことを思っていたらしく、首を横に振った。最近できた事務所だろうか。
「連絡取ってみるか?」
「いいえ、このことは一旦保留。いくら所長の知り合いとはいえ、いきなり見知らぬ人に頼るのは怖いわ」
探偵は慎重な判断をした。確かにこの異常事態でチャレンジングな選択は危険だ。
「じゃあ、どうする?」
「とりあえず手紙に書いてあった住所に行って、それから所長を探す」
探偵は鋭い目をした。
「ちょっと待てよ。手紙には探さないで、って」
「よく分からないまま勝手に決められて、素直に言うこと聞けるわけないでしょ。推薦状にあった赤山さんとの関係も聞かなきゃいけないし、事務所の新しい鍵だってもらわなきゃまともに動けない」
探偵は厳しい顔で俺を見上げた。彼女は異常なぐらい強い人だ。
「分かった。その部屋の場所っていうのは?」
「手紙に書いてあるってあったわね」
探偵は推薦状をしまい、再度手紙を取り出した。緑川さんの名前のあとに五が丘の住所が書いてある。
『五が丘中央一丁目 五が丘ハイツ二〇一号室』
「分かるか?」
探偵に尋ねる。
「バカにしないで。五が丘はわたしの庭みたいな街よ」
探偵は答えると、迷わず駅とは逆の方向に歩き始めた。
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