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「えっ?」
そんなはずない!弓の馬毛が切れた!
本当のまれにあると聞いていた。でも何故?今?私は途方に暮れた…。回りの皆も、前に座っている審査員も、私を視界に収められる客席の人達も唖然としている。
どうしよう…弾けない…。
私は茫然と立ち尽くした…。
足音が聞こえた…。
空気が固まった会場をローファーで踏みしめる足音が近づいて来た。
「どうぞ…」
舞台下から弓を差し出してくれたのは華ちゃんだった。左手で私に向かって真っ直ぐ差し出している。自分がこのコンクールで使うはずだった弓を差し出しながら力強い目で私に向かって頷いている。
私は両手でその弓を受け取り深々と頭を下げた。
その時、誰が号令をかけたでもなくうちのメンバーが一斉に立ち上がり華ちゃんに頭を下げている。
会場からは拍手が…。
失敗するわけにはいかない。ありがとう華ちゃん。一番悔しいのは華ちゃんなのに…。
先生の指揮が涙で霞んで見えない…。でも死ぬほど合わせて来た。一人一人が今どんな顔で演奏してるかなんて目をつぶってもわかる。それに、華ちゃんの弓はしっかりとこの曲に合わせて音を奏でてくれている。
その時、お父さんの声が聞こえた。
「美憂、しっかり!」
一番の大きな舞台で今までで一番凄い演奏が出来た。
会場は割れんばかりの拍手…。
私達は立ち上がり会場に一礼した。
そして指揮者の先生の合図で華ちゃんの学校の席に向かって礼をした。
私はその時、華ちゃんの顔が見えた…。
私を見て泣いていた。私は華ちゃんに頷き弓を高々と上げた…。
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