陰陽師ノ堕トシモノ

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 とある平日の昼間、小さな不動産屋に勤める松原(まつばら)(あかね)は店を抜け出し、父の弟――つまり叔父の家の前まで来ていた。  二十年前に建てられたこの一軒家には現在、叔父とその息子の二人しか住んでおらず、今この時間叔父は既に出勤していて、中にはいないはずだった。事前に叔父から受け取っていた合鍵を鞄から取り出し、鍵穴へと差し込む。 (極力アイツとは関わりたく無いんだけど……)  引き戸をガラガラとスライドさせ、あまり光の差し込まない玄関へ入る。無断欠勤ではないし、不法侵入でもないはずなのに、正面にそびえる二階への階段を見上げると、憂鬱さが増した。  いつ空気の入れ替えをしたのかもわからないどんよりとした空気の中、埃っぽい廊下を進み、階段を上る。  叔父の息子――従兄(いとこ)の名は忌一(きいち)と言い、茜より四歳年上の現在二十八歳だ。茜が五歳の頃、子宝に恵まれない叔父夫婦が孤児院から引き取った子供で、血は繋がっていない。彼と直接会うのは、五年前の叔母の葬式以来だった。当時も殆ど言葉を交わした記憶はないが。  二階に上がるとすぐに忌一の部屋の扉が見える。幼い頃、茜は何度かこの部屋へ遊びに入ったことがあるので間違いない。意を決して扉をノックしようとしたその時、 「わ…わかったって! そんなこと言われてもすぐにはムリだよ、じーさん」 と、中から男の話し声がした。  茜が忌一に苦手意識を持っているのは、幼い頃からの彼の奇行に原因がある。忌一には、人には見えない何かが見えている節があり、それらと会話するような素振りをよく見せた。  性格的にはとても優しい人間なのだが、茜にしてみれば彼の言葉はいつも嘘をついているようなものなので、物心ついた頃には既に彼を嫌悪していた。  そんな奇行の目立つ彼には、友達が一人もいないことを茜は知っている。そして忌一の祖父にあたる人物が、既にこの世には存在していないことも。両足が僅かにすくんだが、意を決して目の前の扉を開ける。 「一体誰と喋ってんの!?」 「あ……茜!?」  案の定、部屋(そこ)には忌一しかいなかった。万年床のような布団の上に、ヨレヨレとした上下スエット姿、無精髭が伸び放題の顔で、まつ毛だけやたらに長い大きな瞳が、さらに大きく見開いてこちらを凝視している。 「いやぁ……久しぶり。五年ぶりかな? 随分大人っぽくなっちゃって……えへへ…」  薄汚い顔で鼻の下を伸ばされて、茜は心底気持ちが悪くなった。ボサボサの髪をぽりぽりと掻き、どうやら忌一は恥ずかしそうにしている。 「話には聞いてたけど、本当にだらだらニートしてるんだね……」 「その(さげす)んだ瞳、ゾクゾクする」 「キモい!!!」  茜はその場に落ちていた座布団を、忌一の顔面めがけて投げつけた。
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