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「ここだけど」
「だろうね」
そこは周囲を木々に囲まれた、ちょっとした公園のような広い敷地だった。中心には古そうな二階建ての洋館がたたずんでおり、ガラスの無くなった窓から見える室内の闇が、昼間でもおどろおどろしい廃墟の印象を与える。
門扉があったであろう出入口付近に車を止め、二人は敷地へと足を踏み入れた。ここには解体業者が何度か入っているものの、雑草が伸び放題で、二人の膝から下はすっかり隠されてしまっている。
「だろうねって……そう言えばさっき方角がわかってたみたいだけど、何か見えてたの?」
「あぁ、それ聞きたい?」
凄く申し訳無さそうな、残念そうな顔を忌一は向ける。この顔には見覚えがあった。幼い頃、忌一にしか見えない何かについて知りたくて、「何が見えるの?」と尋ねたら、彼はよくこんな顔をしていたのだ。
結局その時は、「知らない方がいい」とはぐらかされてしまったのだが。
「ま……マイルドに説明して」
「じゃあ言うけど。この館全体に、デッカいウナギが巻き付いてます」
「デカい鰻!? それがさっきの場所から見えてたってこと!? ここから二キロは離れてたよね!?」
「あぁ。だって本当デッカいもん」
予想の斜め上のことを言われて、開いた口が塞がらなかった。世間一般で言われる『悪霊』とかいうものがこの館に住み着いていて、人間がこの館を壊そうとするとそれが邪魔してくるのだと、勝手に想像していたからだ。
しかし実際は館全体にどデカい鰻が巻き付いている、ときた。忌一の言うことが正しければ。いや、マイルドな説明を求めたのでこの場合、鰻は鰻ではないのかもしれないが……。
「ん? こいつと話が出来る?」
「ちょ……誰と話してんのよ! 急に話さないでよ、怖いんだから!!」
「あぁ悪い。俺の式神とちょっとね……」
「式神?」
忌一は修行で、“式神”と呼ばれるものを手に入れたのだと説明する。その式神を使って、陰陽師は悪霊や妖魔を祓うのだと。
「私が部屋に入った時、その式神と会話してたの?」
「ん? あぁ」
(幽霊と話してたのかと思ったじゃない……)
式神がいるのなら、この鰻も祓えるのではないかと訊ねると、忌一はすまなそうに「俺の式神はよぼよぼの爺さんでね…」と答えた。陰陽師はその式神の強さによって、祓えるものが決まってくるのだという。
手に入れた式神がよぼよぼのお爺さんである忌一は陰陽師としては最弱で、祓い屋の仕事が出来ずにニートに成り下がった……ということなのかもしれない。
「じゃあこの巨大鰻は祓えないんだ……」
「そもそもこれは悪霊や妖魔の類じゃない。俺の爺さんと同じで、誰かの式神だ」
「式神!? 鰻が!? 誰かの式神って……」
「陰陽師の落とし物……っていうか、忘れ物? みたいなやつだな、きっと」
(いや何それ! 凄い迷惑!!)
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