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「式神って人間に悪さするものなの?」
「命令すれば出来なくもないが……わざわざそんな命令する陰陽師はいないだろうな」
「じゃあ、この鰻が事故の元凶じゃないってこと?」
「いや、こいつだろうな。でも本人的には、この館を外敵から守ってるだけなのかも」
そう言って忌一は、顎をさすりながら館の屋根の辺りをじっと見つめていた。その辺りに、巨大鰻の頭部があるのかもしれない。
忌一によると、この鰻を館から排除するには二つの方法があるという。一つは、この式神の主に術を解いて貰うこと。もう一つは、別の式神で強制的に排除すること。
しかし二つ目については、式神の大きさから言っても忌一の式神では到底無理なのだろう。
「じゃあ、この鰻を操る陰陽師にどかしてもらうしかないんだ……」
「生きてればな」
「え?」
そう言えば……と持っていた物件のファイルを開く。解体中の事故が二度続いた時、改めてこの物件について独自に調査した資料だ。
そこには、この館が建てられたのが大正九年で、まともに使われていたのは太平洋戦争に入るまでとも書かれていた。以前の所有者も、昭和三十年代にこの土地を売りに出そうと更地にする工事を業者に頼んだらしいが、その時も連続して事故が起こり、結局土地を手放せなかったらしい。
その話が本当なら、昭和三十年代には既にこの館を巨大鰻が守っていて、事故を引き起こしていた可能性がある。今から六十年以上も昔の話だ。
ここに式神の落としものをした陰陽師が、その当時何歳だったのかはわからないが、今も健在かどうかは怪しいものだ。一つ目の方法について可能性が低くなったので、二つ目の方法について可能性を探ることにする。
「例えば、忌一のお師匠さんに祓って貰うっていうのは無理なの?」
「紹介してもいいけど、結構高いぞ」
「え……お金とるの?」
「当たり前だろ! それで食ってんだから。俺だって修行させて貰うのに結構払ったんだぞ」
「忌一の紹介でちょっと安くなったりは?」
「案件にもよるけど、これは相当高くつくだろうな……」
両腕を組み、忌一は再び館の屋根を仰ぐ。巨大な式神を排除するとなると、通常の案件より労力がかかるのかもしれない。
「困るよぅ……何とかならない?」
「何とかって……」
「忌一の言うこと何でも一つ聞くからさぁ」
「え……本当に?」
急に忌一の目の色が変わり、背筋に悪寒が走った。その真意を汲み取ろうとよく見つめると、忌一は更に一歩近づいて、勝手に私の左手を掴み上げ両手で包む。
「俺の言うこと何でも聞いてくれるなら、手段が無いこともないよ?」
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