陰陽師ノ堕トシモノ

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 大正時代からたたずむ二階建ての洋館。その屋根には太さが直径2メートルはありそうな大きな龍が、とぐろを巻いていた。その姿は、通称『鬼の()』と呼ばれる異形を見る能力のある忌一と、その式神の桜爺にしか見えていない。  二人は館の正面玄関前に立ち、その龍の頭部を仰ぎ見ていた。 「もし」 「何だ、(じじい)」 「お休みのところすまぬのぅ。わしの(あるじ)が、おぬしに頼みがあると言うのでな」 「貴様の主? 何用だ。ここを退()けと言われても、主の(めい)なくば動けぬぞ」  その言葉に忌一は、「お前の主はもうこの世にはいないだろう?」と口を挟む。 「すっとぼけても無駄だ。契約を結んで使役(しえき)される式神は、主がこの世を去れば契約が無効になり自由になるはずだ。お前がまだここに留まるのは、お前の意思だろう?」  そう言うと龍は、「半分は当たっているが、半分は間違っている」と答える。この場に留まっているのは、動かないのではなく、と。 「主がご存命の頃は、強大な霊力によりこの館に巣くう魔物を難なく封じ込めていたが、主の霊力を失った今、我と奴の力は拮抗している。我が少しでも動けば、奴の力により我は霧散するだろう」  それを聞いて忌一は桜爺と顔を見合わせた。予想していたよりも状況は悪い。 「わかったなら、早くここから立ち去れ」 「いや、お前をここから自由にしたい」 「何だと?」 「その代わり、俺の式神になってくれ」  その言葉に、龍は腹の底から声を出して笑う。 「笑わせてくれるわ。こんなよぼよぼの爺を使役するしか能の無い貴様のような低級陰陽師に、我を使役出来ると言うのか?」 「言うのう……」 「俺のことはどう言っても構わないけど、じーさんの悪口言うなよ。こう見えてもお前が下に封じてるものより、じーさんが俺に封じてるものの方が強いんだぜ?」 「何ぃ?」  一瞬にして龍の瞳が血走るのを認めると、忌一は桜爺に封印を解くよう、目で合図した。咄嗟に桜爺は、「まだあやつは忌一の式神になるとは一言も言ってはおらんぞ」とうろたえる。 「大丈夫だ、解いてくれ。あいつは霧散するのが怖くてここから動けないわけじゃない。自分が霧散した後、封じている奴が周囲の人間に及ぼす影響を考えてここに留まってるんだ」 「知ったような口を……」 「じゃなきゃ、俺たちに『早くここから立ち去れ』なんて言わないだろ?」 「くっ……」  そんな会話の間に、桜爺は肩口で胡坐をかき、両手を合わせて何かを唱え始めた。まもなく忌一の体が僅かに輝きだす。 「俺は松原忌一だ。頼む、俺にお前の名を教えてくれ。俺が下の奴を排除したら、お前が俺を食ってもいいから」 「貴様、何を……」 「うぅ……時間が無い……たの…む……」
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