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茜が車に戻ってから、三十分が経過しようとしていた。
あれから何の音沙汰も無く、忌一が姿を見せる気配もない。屋敷を覆う木々は鬱蒼としており、車内から敷地内の様子は全く見えなかった。その状態でずっと待たされるのは、精神を酷く不安にさせる。
「いつまで待たせるつもりなの?」
忌一があまりにも真剣な表情で「俺が呼びに行くまで、決して車から出るなよ」と念を押したので、つい従ってしまったが……。
(ニートのくせに命令するなんて、生意気なのよ! どうせ私には何も見えないんだし、少しくらい覗いたって……)
音を立てないよう運転席の扉を開けそろりと外へ出ると、垣根沿いに敷地の出入り口まで忍び寄る。そしてそこからそうっと敷地内を覗くと……
『龍蜷!!』
そう叫ぶ忌一の声が聞こえた気がした。その途端、眩いばかりの閃光が彼の体から解き放たれ、その勢いに思わず「きゃ!!」っという悲鳴が漏れ、背後へ尻餅をつく。
眩しさに両目を覆い、光が収束したのを見計らってやっと体を起こすと、敷地内に忌一の姿は無かった。
「あれ? ……忌一?」
その時、一瞬辺りが暗くなったような気がして咄嗟に空を見上げると、そこには野獣のように変わり果てた姿の忌一が、今にも襲い掛かるところだった。
「きゃぁぁあああああ!!!!!」
捕食される! という気がした。忌一は人間のはずなのに。一瞬だけしか見ていないその姿は、あまりにも人間離れしていたからだ。
瞼をきつく瞑り、しゃがみこんで今見た景色を遮ったが、瞼の向こうから否応なく光が漏れ入ってきた。何が起こったのか恐る恐る瞳を開けると、目の前には忌一が立っていて、酷く疲れた表情で自分を見下ろしている。
「終わるまで……見るなって…言ったろ? しょうがない…奴だな……」
やっとのことでそこまで言うと、忌一は覆いかぶさるようにこちらに倒れ込む。
「き、忌一? 忌一ぃぃいいい!!!」
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