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【No.006 父の日】
父の日なので、二十歳になる娘からネクタイを貰った。「母さん。あいつがネクタイをくれたよ」「だいぶ悩んでましたよ」「いつか言わないとな」胸を張ってこのネクタイを付けられるように。机にある履歴書が視界に入る「そろそろ新しい仕事を見つけないと。娘に嘘を吐いてばかりだ」
【No.007 夕陽】
夕陽で滲む街を歩いていると、一年前の事を否が応でも思い出してしまう。あの日、彼は交通事故にあって死んでしまった。陽の光で視界を奪われた運転手の車が、歩いている彼の姿を捉えられず衝突した。光が人を救う事があるのと等しく、光が人を殺してしまう事だって、充分にあるのだ
【No.008 落花生】
落花生という響きが好きだった。漢字を分解してみると、その言葉の綺麗さに気付く。落ちる。花。生きる。生命の尊さを感じた。飛び降り自殺を図った友人は醜い姿になってしまったけれど。だけど、私は生きている。彼女の分まで、私は生きようと思った。落ちる。花。それでも、生きる
【No.009 裏通り】
「この先で検問してるんだって」助手席に座る彼女が携帯を見ながら呟く。「僕達の事、もうニュースになってるのかも」嫌でも後ろのトランクが気になった。「本道に戻った方が良いのかな?」「もう遅いよ」彼女が柔らかく笑う。「私達、正しい道なんてとっくに外れちゃったじゃない」
【No.010 冷たい猫】
小学生の頃、猫の死体を触ったことがある。母に報告すると「そんな汚いものを触ったのなら手を洗いなさい」と肩を叩く。でも私にはむしろ、綺麗だと思えない母親こそが汚いのではと感じ、母に触られた肩を洗う為にお風呂に入る。何度も体を洗い、私はあの猫と同じになれた気がした
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