遺失物係

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 頼まれていた備品の発注を忘れた。お客様とのアポイントの時間を三十分間違えた。低気圧の日はいつも調子が悪いけれど、これほどだろうか。「今日は早く帰りなさいよ」と上司は言ったけれど、今日やらなければ明日の私がやるだけなので、少しだけ残業した。駅から一人暮らしのアパートに向かう道は静かな住宅街で、街灯はまばらにしかないから、場所によっては結構暗い。 「お待ちしてましたよ」  あの青年だった。私のアパートはこの角を曲がった先だ。さすがに三度目となると恐怖を感じた。 「こんなところにまでつけて来るなんて、どういうつもりですか」 「だから、落とし物を」 「だから、そのねじに心当たりなんてないです。警察呼びますよ」  でたらめに歩いて彼をまこう。踵をかわした私より早く、彼は元来た方向に回り込んだ。  じゃらっ  ねじは両手いっぱいになっていた。大きなの、小さいの、太いの、細いの、ねじの頭の形や、ねじ山のピッチも様々だった。 「これ全部、あなたのなんですよ?」 「……よく分からないことを……」 「あなたは物わかりが悪いですね。ほら見てください」  青年は私の左の手首をつかんで、胸の高さまでに引き上げた。小指の根元をもう一方の手でつかんでくるりとひねった。指はなんの抵抗もなく取れ、闇に沈むアスファルトに音もなく落ちた。
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