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「まあ初回はそんな反応だよね」
「この傘も、私のねじと同じモノなんですか」
「ああ、これは後でJRに届けるやつ。僕たちは失せもの全般を扱ってるからね」
青年は番台の横にある小さな冷蔵庫から牛乳を出して、うすい皿に注いだ。
猫が待ってましたと皿に近寄り、ぴちゃぺちゃと舐めはじめる。
「あなたはきっと素直な人でしょう。生活にそんなに屈託もなくて、そんな自分のことをつまんないな、と思っている」
おそらく十歳は若い相手にそんなことを言われたので、私は思わずムッとする。当たっていたからだ。
「そんなに怒らないで。落とし物の形は、その人に依存するんだよ」
「え」
「こないだのお客さんは有名なシナリオライターさんだったけど、その人、活字を落っことしてたんだよ。恐ろしい量でね、体に戻すのが大変だったよ、本人がえずいちゃって」
猫がシャーッと唸り声をあげた。鼻に幾重にも皺を寄せ、青年に掴みかからんばかりに毛を逆立てている。
「ああ、守秘義務ね。僕たちの仕事までそんなのが入り込んでくるとはね。まあいいじゃない。この人にちゃんと納得してもらって、お代を払ってもらわないといけないんだし」
「お代って……」
私は咄嗟に周囲を確認したが、財布が入っていたバッグや買い物袋はどこにもない。身をこわばらせると、青年は少し淋しそうな顔をした。
「頼んでないって顔つきだね。でもあのままだったら、あなたは壊れきっていたよ」
「私、壊れてなんか……」
「たまに自分から壊れていく人がいるんだけど、あなたは違うよね? 僕はあなたを直すべきだと思ったし、現にちゃんと直った。大丈夫、法外なことは要求しないから」
青年は番台から身を乗り出すと、思いのほか大きな手で私の頬を包み、深く口づけをした。
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