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一時間の友だち
「神様、お願い!後一秒だけ私に下さい!」
その一秒は貰えなかった。
それ以来
私は神など信じていない。
よく晴れた秋の夕方だった。
私は日課にしているウォーキングに出た。
耳に爆音で音楽を聞きながら
夕日が見えるいつもの場所まで行くのだ。
川沿いを歩き、耳が痛くなってきた頃に
その場所に着く。
そこはベンチが西に向いていて
太陽が沈んで行く様子と
川のせせらぎが感じられる。
すすきのざわめきも心地よかった。
いつもは誰もいないそのベンチに、
高校生か大学生くらいの男の子が
座っていた。
いつもの私なら
面倒だから素通りするのに
なんのテンションだったのか
「隣、座っていいですか?」
と声をかけた。
男の子は
「どうぞ」
と意外と愛想よく微笑んでくれた。
私
「ありがとう」
微笑み返して座った。
しばらく何も話さず夕方の景色や音を
感じていた。
日差しが暖かかった。
私はふとカバンの中のチョコを
思い出し
「食べる?」
とその子に差し出した。
「ありがとうございます」
と貰って、すぐ食べてくれた。
私
「ゴミは貰うよ」
男の子
「すいません。ありがとうございます。」
素直ないい子だなぁと思った。
私
「何歳?」
男の子
「18です。」
私
「お!あたしのちょうど半分だ(笑)
名前は?」
「たくみです。」
落ち着いて優しげな口数の少ない子。
私
「たくみくんかぁ
………何かあった?」
たくみくんは少し目を大きくあけて
私を見た。
私
「あたしはさ、
通りすがりのおばちゃんだからさ、
何でも言ってみ?(笑)」
たくみくんは
しばらく黙ってたけど
考えながらゆっくり話し出した。
数年前の地震で家族全員亡くしたこと。
自分だけ生き残ったこと。
弟が目の前で生き絶えていく様を
見ているしか出来なかったこと。
途中から涙を流しながら
「俺は誰も助けられなかった。」
その後は遠い親戚の家に
肩身の狭い思いをしながら暮らしたと。
来年高校を卒業するから、
働いて一人立ちしようと思ってると。
私は黙って聞いていた。
たくみくんが黙ったから
私は
「辛かったね。
今も辛いね。
よく頑張って生きてきたね。」
ゆっくり言った。
「でもさ、今の家出るっつっても
1人暮らしするには
初期費用とか保証人とかいるのよ。
そういうの、
今のお家の人やってくれそう?」
たくみくんは何故か微笑んでいた。
無理そうなんだな
そう感じた。
私
「たくみくんさ、高校卒業したらさ、
うち来なよ。
一人立ち出来るお金貯めるまで
うちにいればいいよ。
あたしの息子でもおかしくない歳だし。
犯罪になるかな(笑)?
あー、でも冗談抜きで。」
たくみくんはまた困ったような笑顔をした。
たくみくんは
携帯も持たせてもらってなかった。
ペンも紙もなかったから
私は
「あたしさ、だいたいこの時間に
毎日ここ来るのよ。
まぁ気が向いたらまた来なよ。
うちらはもう友だちってことで!(笑)」
夕日がもう沈んで行く。
一時間は二人でベンチで喋ってたな。
私
「帰ろうか!」
たくみくん
「はい。」
たくみくんは私と別方向で
踏切の方へ。
バイバイしたけど、
なんとなく見えなくなるまで
見送ろうと思った。
「カンカンカンカン」
踏切が下りる。
まさかな。
そんなことないよな。
でも私は走った。
たくみくんが踏切の中に入る
うそ!うそ!
待って!
私
「たくみくん!」
大声で呼んだ。
たくみくんが振り向いた。
「お姉さん!
最後にお姉さんに会えて、
俺、マジでよかった!
お姉さん!ありがとう!」
「たくみくんー!!!」
「神様、お願い!後一秒だけ私に下さい!」
あの子が死んでしまう。
間に合わせて下さい。
電車が来てる。
間に合え!
たくみくんは私に背を向けた。
電車が私の目の前を通りすぎて行った。
その一秒は貰えなかった。
それ以来
私は神を信じていない。
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