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第4話 相国入道清盛 二
この世と異界を隔てる帷の如く重く垂れ込める霧の中、清盛は、ごくり---と唾を呑み、堂の重い扉を押し開き、仄暗い堂内に歩を進めた。
「ようこそ、おいであれ。」
首を巡らせれば、堂の奥深く、簾越しにほんのりと灯りが灯っている。その傍らに黒い髪も艶やかに、透けるような白い肌が浮かび上がり、紅を指したような血の色の唇が微笑む。そして、爛と光を放つ金色の瞳---。麗しき異形の者が:脇息に凭れて座していた。
「遮那王か。」
いささか緊張の面持ちで清盛は、声を発した。ゆったりとした澄んだ声音が応える。
「いかにも------。」
清盛は簾を跳ね上げ、どかりとその面前に胡座をかいた。
「妖しきよのう---魔物というは真のようじゃな。」
ふふっ------と小さな口元が笑いを洩らす。
「そなたとて、魔物であろう。-----日の本一の大天狗の子とあらば、尋常な身でもあるまいに---。」
清盛は、一瞬、かっ---と眼を見開いた。日の本一の大天狗とは、即ち後白河法皇の巷の渾名------清盛とて定かでは無いその秘事をあっさりと口にされ、言葉を失った。
「その天狗の秘め子どのが、何用にて此方に参られた。魔物退治に御自ら出向かれたか?」
挑むような誘うような魔性の眼差しが清盛を見詰めた。水干の藤色の袖がゆらりと揺れた。
「我れは構わぬ。見事、退治てご覧あれ。」
白く細い腕を延べて、不遜な笑みを湛える少年は、疑いもなく魔性の者------だが、清盛は衣に隠した刀を抜こうとはしなかった。
延べられた腕ををぐいと引き寄せ、その面をまじまじと見る。
「確かに、義朝とは似ておらぬのぅ---。」
金色の瞳を覗き込み、蠱惑的な眼差しに微かに微笑んだ。
「そちの本性は猫か?」
「何を痴れたことを---。」
くくっ---と細い喉が笑った。その僅かに開いた唇を清盛の唇が塞いた。軽く啄むように吸い上げ、ふ---と離れた。
「そなた、何がしたい------」
遮那王の眼が怪訝そうに清盛を見上げた。
「喰らいたい。」
清盛は、獣の眼差しを一層、爛と輝かせて、遮那王の耳朶に歯を立てた。
あ---、と小さな吐息が漏れ、細い肩がぴくりと震えた。
「我れも魔物であるなら、魔物が魔物を喰ろうたとて誰に責められようか。」
清盛は、遮那王の水干の前を寛げ、薄絹のうちに手を差し入れた。指に触れた小さな突起を摘まみ上げ、きゅ---と押し潰した。
「あ---っ。」
遮那王の顎がせり上がり、甘い声が零れた。清盛の腕が遮那王の薄い背を抱き、ゆるりと床の上に押し倒した。
「儂はそなたが気に入った。そなたの魔の力、儂に喰らわせよ。」
遮那王は、微かに驚き眼を見張った---が、揶揄するような、呆れたような笑いを両の頬に浮かべ、清盛の頬に手を触れた。
「命知らずなことよ--。」
清盛は、遮那王の首筋に唇を這わせ、今ひとつの手で遮那王の帯をむしり取るように解いた。白磁の肌は淡い灯りの下で真珠のように艶めき、細い脚を撫で上げると、柔腰が微かに揺れた。
「我れは平家に非ざる平家の棟梁。源氏にして源氏に非ざる御曹司のそちとは似合いであろう。」
にやり---と笑うその面には、獣の欲情が浮かんでいた。
「喰らいたいなら喰らうがよい。------一族を滅しても良いのであれば---のぅ。」
清盛は、遮那王の囁きに、ふん---と鼻を鳴らして、その柔らかな唇をきつく吸い上げた。
「この相国入道、そなたごとき魔性など、恐れはせぬわ。------我れが男にて飼い慣らしてみせようぞ。」
清盛は不敵に笑って、遮那王の薄絹の袷に大きく分厚い手を潜らせた。
清盛の、老練な手管に煽られ、翻弄されながら、遮那王は甘く淫らに喘ぎ、啜り泣きながら、しかし、その眼は冷やかな光を湛えていた。
ー身の程を知らぬは滅びのもとよ。ー
その呟きは、遮那王の魔性に酔い痴れ、劣情に巻かれた男の耳には届かなかった。
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