だるまさんがころんだ

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辰三は最近、川が流れるのを見続けるのにハマっている。 ある日のこと、いつものように ガタッピシッと始終不審な音が止まない自転車に乗り、近所の堤防に出かけた。 晩秋の陽の光が川面を鱗のように照らしている午後。 自動販売機で買って来た缶コーヒーを取り出して 飲もうと上着のポケットを探りながら、 左方向に目を遣ると、5mほど離れた処に そんな自分を遠巻きに見つめている大きな犬がいる‥ そのシルエットは一風変わっている。 「オネエみてぇだな、ありゃプードルか‥」 よく見かける小さな可愛いプードルではない、 今ではスタンダードな大きなタイプは逆に珍しく 存在感の権化のような存在感を示し、 なおかつ貴族的なシルエットで見る者の眼を 釘付けにしてくる。 決して威圧感というのでない、独特の華やかさが、 ただ静かに あんたとは住む世界が違うのよ感、を 漂わせている。 缶コーヒーを飲んでいる間も、プードルは辰を じっと見つめてくる。 やがて大気がひんやりとしてきて 今日の日課を終えた彼は、 そろそろ帰ることにした。 自転車を押してしばらく歩く、して後ろを見ると やはり5m離れて付いてくるプードルを確認する。 試しに 「だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ」 と唱えて、もう一回後ろに振り向いてみると プードルは無を装い、そこに居る。 少し面白くなってきて、 「だるまさんがころんだ」を 色んなリズムで何回も試すと、 その都度、プードルは「待ってましたッ」と ばかりに5mの距離を保ち、且つ 固まっている。 そうやって「だるまさんがころんだ」をして 遊んでいるうちにプードルは、とうとう彼の住む マンションの前まで付いてきてしまった。 この犬は人間に慣れている、何処かの家で飼われて 居たんだろう。 逃げてきたのか、捨てられたのか、どっちにしても 不憫に思えてきた辰三であった。 かつて妻が生きていた頃、犬を飼いたいと よく言っていたが、住んでいる古い賃貸マンション では、ペットを飼うことが禁じられていた。 一応ダメ元で、大家に掛け合うことにした。 「‥とりあえず交番にはその旨、届けております んで、今夜だけでも面倒見てやりたいんですがね、‥」 「あーまあそんな事情なら仕方ないわねぇ、そんな ことよりそろそろ知らせなきゃと思ってたんだけど、 ここ、このマンションそろそろぶっ壊すわ。 土地を売ってくれないかという話が持ち上がっててね、私も歳だからいい機会かなぁと思ってね、 話まとまる方向に持っていこうと思ってるのよ‥。」 そういう事情で機嫌の良い大家のマダムは、意外にもすんなり 承諾をしてくれたのだった‥。
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