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救護
自分が犯罪紛いのことをしている自覚はある。
これを彼女が知れば、自分を軽蔑することもわかっている。
それでも、あのコンビニの見える位置で彼女を待ち、彼女が近くの駅まで通勤する姿を見送る毎日を止められなかった。
女と出会って二週間が経とうとしている。日雇いの仕事を見つけるよりも、彼女を見送る日々を選んだ男の全財産は、既に500円を切っていた。
今日で彼女を見送るのは最後にして、仕事を探し、少しでも「普通」な生活をしようと心には決めていた。
だが、
「・・・え、」
いつもは駅の階段を颯爽と上がる彼女が階段の手すりに捕まったまま、前屈みになり、そしてゆっくりとうずくまった。
普段からは信じられなかったが、男は思わず女の側に駆け寄っていた。
「あの、大丈夫ですか?」
女の顔を覗き込むと、血の気はなく、眉間に深いシワが寄り、見る見る額から汗が玉のように吹き出てきた。
これはとても大変なことだと、男は思った。
「だ、誰か!誰か救急車を呼んでください!」
生まれて初めて出した大きな声は、もしかしたら大きな声ではなかったかもしれない。それでも顔を赤らめながら、男は叫んだ。男はスマホも携帯電話も持っていなかったため、叫ぶしかなかったのだ。
「誰か!お願いします!誰か!」
大声はいつしか涙声に変わる。
男に支えられていた女性の力が抜けて、一気に重たくなって、男は思わずよろけて女性と共に倒れてしまった。
慌てて起き上がり、道行く人に何度も救助を要請するが、身なりの汚い男を見て一様に人の足は遠退いた。
「誰か、」
男の声が掠れかけてきている。その段になってようやく、中年の女性が駆け寄ってきてくれた。
「どうされたの?」
「わかりません、急にうずくまって、それで、」
「救急車は?呼んだ?」
「あ、いえ、その、俺、携帯ないから」
察した中年の女性が鞄からスマホを取り出し、その様を見てようやく、通行人の数名が心配そうに寄ってきた。
男はそっと立ち上がる。
邪魔にならないように少し後退りする。
その間も震えが止まらず、歯がガチガチとうるさい。
やがて救急車が到着すると、女は担架に乗せられた。
安堵も束の間、救急隊員と話していた中年女性が男を指差す。
男は、混乱の最中、あれよあれよと言う間に救急車に同乗させられてしまった
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