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捨てられる駒として
傭兵の仕事はもっぱら有翼人、有翼人亜種の討伐にある。
各地に点在するコロル軍の駐屯地に日々直接赴き、傭兵たちは有翼人らの発生の一報をひたすら待たされた。
そして警邏にあたるコロル軍第二大隊情報部隊より情報をもたらされると、すぐさま乗り合い馬車に乗せられ各地へと派遣させられる。
現場に向かう馬車の中で、いつものように手すりに掴まり外を見ていたコダの横へ、見知った男が寄ってきた。
「ようコダ、お前この間馬車止めてまで花街行ったって本当か?・・・よっぽど堪ってたのか?」
ひどくニヤついた顔で聞いてくる。
茶色い瞳茶色い髪のシバだった。
様々な色彩の人間が闊歩する大国コロルにあって、黒髪のコダも珍しい人種であったが、茶色いシバもなかなかに珍しい部類に属する。地味な二人は派手な世界では逆に目立って肩身が狭かった。だからこそ何かにつけてコダはシバに絡まれた。
そんなシバの揶揄した言葉に、怪訝そうに顔をしかめて一瞥をくれる。
「お前は相変わらず下世話だな。」
「下世話でも何でもいいさ。無粋なお前が花街に通うほど華やぐのは、俺的には全然アリだ。お前もやっぱり人間だったんだなぁってほっこりしたし、」
「結局からかいたいだけじゃねぇか。」
シバは「まあな」と笑って興味津々な顔でさらに聞く。
「で?どんな子を指名したんだ?ああいうところは俺たちに遊女をあてがってはくれないって聞いたけどよ、」
コダはしばらく思案を巡らせ、だが腑に落ちない疑問をシバに投げ掛けた。
「お前、意思を持った人間のような有翼人亜種を見たことがあるか?」
「は?何だよ急に」
「見たことねぇならいいよ。」
「いや、見たことはないけど、だから何なんだよ、その質問は」
コダは苦笑し、「あとで話す」とだけ告げた。
・・・
有翼人、有翼人亜種の襲撃に遇っていた村は、既に壊滅状態だった。
現場上空を、夥しい数の薄茶色の生き物が、口から血を垂らしながら飛び回っている。
有翼人亜種だ。
奴らは人間を噛み殺すことしかできない愚鈍な生き物であり、痛覚がないため首を落とすか心臓を貫くかしないと絶命させられない。奴らは有翼人と同じく高い治癒力があるため、少々の傷はたちまち癒えていた。
手練れでなければ、上空から弾丸のごとく飛来してくる異形の生物に致命傷を与えることは難しい。致命傷を与えられなければ、こちらが噛み殺される。勝負は常に一瞬だった。
だからこそ、軍は自軍の被害を最小限に抑えるため、傭兵を戦地へ積極投入していたのだ。
「民兵諸君!本日も民のため、命を賭して尽力せよ!」
現地から少し離れた位置で、突然傭兵たちは下車するよう命じられた。それは滅多にないことで、皆一様に怪訝そうに顔を見合わせ馬車を降りる。
すると乗り合い馬車から下車した傭兵たちへ向け、コロル軍の将校らしき黒い鎧を身につけたオレンジ色の髪の男が、立派な口髭を揺らして口上を垂れてきた。
傭兵たちは辟易した顔でその男を見据えた。
「俺たちはいつから民兵になったんだよ。捨て駒の間違いだろ。」
「え、何この時間。先発隊全滅するぞ」
「早く討伐行かせろよ。こっちは倒した分しか報酬貰えねえんだぞ。」
傭兵たちは口々に不満を吐露していた。
「今日の指揮は第一大隊近衛部隊かよ。何でこの辺まででしゃばっていやがんだよ。大人しく首都近郊を警邏しとけよ」
例に漏れず、シバがコダの背後で脱力しながら悪態つく。
コダはただ苦笑を漏らした。
そんな傭兵たちの様子を意に介することもなく、
「諸君!本日は国家安全保障局局長補佐官メトゥス様が視察に参られておるのだからな!心して業務を全うせよ!」
口髭の男はなおも朗々と口上を述べていた。政府高官が来ている手前か、だらけた態度ではあったが傭兵たちも一様に耳を傾ける。
「役人が物見雄山に来てるから現場指揮は近衛部隊なのかよ。こりゃオレ死んだな」
シバの愚痴は止まらなかった。
結局、無駄な時間の浪費は事態の悪化を招いただけだった。
既に壊滅状態にあった村へ投入された先発隊は全滅し、動きにくい黒の鎧を全身に纏ったコロル軍人のみが辛うじて蠢いている。
しかも有翼人亜種の死骸はちらほら見受けられるのみという体たらく。転がる骸のほとんどが傭兵だった。
まさに地獄だなと、誰かが呟いた。
第一大隊近衛部隊は政府高官等の護衛が主な任務で、防衛を要とした防御に特化した部隊である。ゆえに対人訓練に日々重きをおいているため、異形の生物への対応が不十分だったのだ。
「嘆いてても埒が明かねぇ。」
コダが溜め息混じりに小さく笑った。
「だな。お互い、生きてまた会おうゼ」
軽口を叩くシバをちらりと見遣ると、目が合ったシバがウインクして親指を立てていた。そしてシバはニヤリと笑い、現場へ向け走り出した。
「あいつ、ホントに死ぬんじゃねぇのか?」
若干不安にはなったが、コダもシバのあとを追うように駆け出した。
飛来する有翼人亜種を、抜刀しながら斬りつけ首を落とす。
コダの武器は片刃の細身の剣、日本刀だった。
それを鞘から抜きさる勢いで確実に首だけ狙って削ぎ落とす。
複数体が同時に襲撃してくれば、身を翻し首を落とす。
吹き上がる鮮血を常に浴びていた。目に入りそうになるのを袖口で拭いながら、刀身の血を振って払う。刀身に脂が巻いてくると腰の手拭いでそれを拭った。
その繰り返しだった。
コダにとっては単調な作業に思えるこの駆逐を、ただ黙々とこなしていった。
時おり空を見上げる。
(今日は紫の翼か。)
遥か上空で優雅に舞う有翼人を、ただ見遣った。
個体種によって色の違う翼を持つ有翼人は、今日もとても楽しそうに笑っていた。
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